高年齢労働者のための転倒・転落事故防止マニュアル

日本転倒予防学会:監修
武藤芳照(東京健康リハビリテーション総合研究所所長・東京大学名誉教授):編集
萩野 浩(鳥取大学医学部保健学科教授・日本転倒予防学会代表理事):編集
三上容司(横浜労災病院病院長):編集
竹下克志(自治医科大学整形外科学教授):編集

2023年発行 B5判 136頁
定価(本体価格4,400円+税)消費税10%込(4,840円)
ISBN 9784880021256

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内容の説明

社会情勢の変化により、高年齢となってからも就労する労働者は着実に増加している。
その一方で、急激に増加しているのが高年齢労働者による労働災害であり
中でも転倒・転落による事故が占める割合は大きい。
特に、小売業や社会福祉施設といった従来、労働災害の比較的少なかった分野で
労災件数の上昇がみられるところが、現在の特徴となっている。

本書はそうした現状を分析し、転倒・転落事故をどのように予防すべきかを解説した書籍である。

●序文

 「天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず」(孟子)とされる。元々は、城を攻める時に、運勢や地形の利よりも、人々の心が一つになっていることには叶わない意味だが、新たに大きな事業を推進する時にも、関わる人々の心が一つになっていることが最も大切であることを伝えている。
 本書は、超高齢社会となった日本において、労働現場での解決すべき喫緊の重要な課題となっている転倒(転落・墜落を含む)による労働災害(以下、労災)について、関係する多くの医師、研究者、労働行政官、社会保険労務士、弁護士、理学療法士らが参画して編集・制作した。
 皆の心が一つになって初めてこの企画は成立し、また、それが文字や図表となって、表出されて生まれた。「融合と創発」という言葉があるが、多様な分野・領域の人々が、それぞれの知識、技術、経験を融合することによって、それまでには見出せなかった新たな視点や知恵が創発されるという意味である。労災に長く携わってきた人々の視点と知恵が、転倒予防の研究と実践に従事してきた人々の視点と知恵に融合することで、それまでとは違った新たな視点で転倒労災を見ることができ、また、その対応の仕方にも自ずと新たな工夫とアイデアが生み出されるであろう。
 職業医学、産業医学の古典的名著である『働く人の病』(ベルナルディーノ・ラマツィーニ著、1700年刊。東 敏昭監訳、産業医学振興財団、2004年刊)には、金属鉱山労働者、絵師、パン職人、洗濯女、運動家、学者、歌い手、漁師など53 の職種の病気について詳述されている。この名著には、2 つの意義があり、「第一に、古代から18世紀に至るまでの職業性疾患に関するすべての知識を総合したこと、第二に、後世の研究の基礎を築いたこと」(同書内、「1964年版再版に寄せて」ジョージ・ローゼン、より引用)とされる。本書は、ラマツィーニの古典的名著には遠く及ばないが、転倒労災に関するこれまでの知識と科学的知見、情報、資料・データを総合させていることと、今後の転倒労災の研究の基礎となり得ることの社会的意義を有していると、自負している。
 労働者の職業性疾患・障害の実態は、時代と共に変遷し、ラマツィーニの記述による「それぞれの労働現場で働く人の病気」の実像から、デジタル社会となった現代の労働現場の疾病・障害の実像とは、大きな違いがある。その内の重要な課題が転倒労災である。
 時代による違いこそあれ、働く者が安心安全に業務に従事し、一人ひとりの労働者が、「働く喜び 働ける幸せ」(公益財団法人運動器の健康・日本協会の基本理念「動く喜び 動ける幸せ」にちなんで)を実感し、享受できるように、労働問題に参画する人々と、医療に関わる人々が手を結び合って、この重要な課題に対峙しなければならないと思う。
 本書の作成に当たり、国の最新の貴重な資料・データを提供すると共に、さまざまな支援・協力をいただきました厚生労働省労働基準局 安全衛生部の井上栄貴中央労働衛生専門官には、厚く御礼申し上げます。
 また、本書の制作・発刊に当たり、円滑かつ緻密な進行と作業に徹していただいた株式会社新興医学出版社 林 峰子代表取締役社長と石垣光規編集課長に感謝致します。
 本書が、転倒労災の防止活動に注ぐ一条の光となることを希望して。

令和5(2023)年1 月吉日
編者 武藤 芳照、萩野 浩、三上 容司、竹下 克志

おもな目次

序 文 5

第1章 今、増えている高年齢労働者の労災としての転倒・転落事故の現況
1.高年齢労働者の労働災害の発生状況 8
2.高齢者の外傷の特徴 12
3.高年齢労働者の労働災害の特徴 16
4.発生要因(内的要因、外的要因、社会・管理的要因、傷害増幅要因)
   -高年齢労働者の労災としての転倒・転落事故- 22
5.現行の取り組み 27

第2章 職場における高年齢労働者転倒・転落事故防止マニュアル
1.最大の事故原因「滑り」の防止対策① 原因と求められる対策 32
2.最大の事故原因「滑り」の防止対策② 耐滑性の確認と摩擦係数の評価 35
3.業種別・事故を減らすための取り組み好事例 40
事故を防ぐための基本的な対応
4.内的要因からのアプローチ① 転倒リスクを高める疾患の理解と治療 47
5.内的要因からのアプローチ② 薬剤チェック 50
6.内的要因からのアプローチ③ 身体機能改善のための取り組み 53
7.内的要因からのアプローチ④ 産業医の役割 56
8.外的要因からのアプローチ① 労働現場の環境整備 60
9.外的要因からのアプローチ② 危ない所の見える化 63
10.外的要因からのアプローチ③ 職員教育 66
11.外的要因からのアプローチ④ 職場に潜む転倒リスクの「チリ」 70
12.行動要因へのアプローチ①  防滑 73
13.行動要因へのアプローチ②  安全靴 76

第3章 職場全体で事故防止に取り組む
1.転倒予防の周知啓発
-厚労省・消費者庁、日本転倒予防学会との連携協力- 78
2.言葉のチカラ -標語・川柳- 82
3.体力・運動能力の測定・評価 86
4.身体活動の向上を基盤とする取り組み
-身体活動の向上、運動・スポーツの推奨- 91
5.運動機能訓練としての転倒予防体操 95

第4章 データによる分析と今後の課題
1.労働力人口と労働災害の動向 100
2.転倒災害の課題① 高年齢労働者の課題 106
3.転倒災害の課題② 労災認定の課題 109
4.課題解決のための今後の展開 111
5.労災としての転倒・転落事故の法的責任 113
6.判例からみた労災としての転倒・転落事故の原因と対策 115

第5章 多職種の視点
1.労災病院の立場から① 117
2.労災病院の立場から② 118
3.産業医の立場から 119
4.理学療法士の立場から 120
5.医療ソーシャルワーカーの立場から 121
6.社会保険労務士の立場から 122
7.労災認定審査の立場から① 整形外科医 124
8.労災認定審査の立場から② 脳神経外科 125
9.シルバー人材の転倒・転落事故の現況 126
10.劇場の舞台での転倒・転落事故 127

巻末資料1.エイジフレンドリーガイドライン
(高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン) 128
巻末資料2.WHO身体活動・座位行動ガイドライン(日本語版) 130

索 引 132
編者プロフィール 134