脳が言葉を取り戻すとき 失語症のカルテから
佐野洋子・加藤正弘:著
2014年発行 B6判 288頁
定価(本体価格1,800円+税)
ISBN9784880021805

その他執筆者など▼
内容の説明▼

言葉を失うとはどういうことなのか。多数症例の経過を紹介し、脳のしくみ、失語症の障害メカニズムをわかりやすく解説。「脳と言葉」「脳と心」に迫る、待望の復刻版。

復刻版出版に添えて

 本著「脳が言葉を取り戻すとき」が日本放送出版協会から出版されたのは、1998年の秋であった。本著は、脳に興味を持つ一般の方、脳科学や失語症の臨床に携わる方、失語症者の家族の方々に広く読んでいただき、この本を読んで言語聴覚士の道へ進んだという若い方も少なからずおられた。
 この本の執筆中に30年来の念願であった「言語聴覚士法」が成立したのだが、当時、世の中には「失語症者を社会全体で支えなければ」という機運が極めて高かったように思われる。そのころ啓蒙的なテレビ放送企画も数多く放映されたと記憶している。
 それから長い年月が経過し、失語症に関する研究は進み教科書も数多く出版された。一方「医療保険制度」や「介護保険制度」の中で、言語治療の実施の仕方がさまざまな制約をもつようになり、失語症者のリハビリテ―ションは発症から短い期間で打ち切られる臨床現場も多くなってきて、じっくりと失語症者とその家族に臨床家が向き合う社会的な機運はともすれば薄れがちとなってきた。失語症の臨床現場が「無機的」になったという声さえささやかれる昨今である。
 この社会的な風潮を受けたためか、本著は出版社の都合により2013年春に販売停止となった。
 この十数年間に、新たに失語症になられた患者さんの方々とそのご家族、新しく養成校をへて言語聴覚士になられた若い方々、その他失語症者のリハビリテーションに関わりをもつ各種のスタッフの方々は年々数を増している。これら失語症者とその家族の方々はどのような苦しみに陥るのか、それをいかに言語聴覚士をはじめとする周囲の人々は支えて行けばいいのか、また言語機能を回復するということの可能性やその道筋はどのようなものであるのかについて、多くのこれらの方々に、もう一度深く学んでいただきたいと筆者らは強く望んでいる。医療現場に多くの制約がある中でも、少しでも失語症者とその家族を深く支えたいが所以である。
 「失語症理論を学ぶ前に、失語症者の心を、まず深く理解していただきたい」という筆者らの希望を、新興医学出版社の林峰子社長、服部秀夫相談役がお聞きとどけ下さり、編集部岡崎真子さんの御努力のもと、この度の復刻版の出版を実現してくださったことは、本当に有難く、心から感謝申し上げたい。
 復刻版の出版に際しては、内容的な変更は基本的には行わないこととした。ただし、検査法(主として「標準失語症検査」)に用いている語彙を実際の検査とは異なるものにするべく、少しの変更を行った。また文献リストで各種検査法の著者が「日本失語症学会」となっている部分があるが、これは現在「日本高次脳機能障害学会」と変更されていることなどご了解いただきたい。
 「脳が言葉を取り戻すとき」に記した、多くの症例のあり様を多くの方々にお読みいただき、人間洞察を深めて、臨床現場が暖かく包括的なものとなるよう願ってやまない。

佐野洋子 加藤正弘

おもな目次▼

第一部 脳が言葉を失うとき
 第一章 脳が失うもの
      何が失われるのか/言葉を失うとはどういうことか/失語症の分類 など
 第二章 失語症を捉えなおす
      1.「聞く」~人の話が聞き取れない/2.「読む」~文字がわからない
      3.「話す」~言いたい言葉が出ない/4.「書く」~文字が書けない
 第三章 脳は言葉を取り戻せるのか
      大脳の機能局在について/失語症の長期経過に関する研究/
      病巣の部位・広がりと失語症の回復/言語中枢の半球優位性と失語症の予後 など

第二部 脳が言葉を取り戻すとき~ある失語症者の長い旅路
 第四章 脳は言葉をどのように取り戻すのか
      発症初期の混乱~医療スタッフの役割/恐怖の失語症検査/漢字単語の書字訓練 など
 第五章 病院から外の世界へ
      失語症者の障害受容の道のり/日常生活という恐怖 など
 第六章 社会復帰に向けて
      外来での言語訓練/職場への復帰・職場での問題 など

第三部 失語症者と共に生きる
 第七章 失語症者と社会の関わり
      1.家族の人生/2.社会と関わる失語症者
      3.趣味に救われる失語症者/4.仲間のために
      5.言葉のバリアフリー社会を目指して