認知症の緩和ケア 診断時から始まる患者と家族の支援
武田雅俊(大阪大学精神医学教室教授):監修
小川朝生(国立がん研究センター東病院精神腫瘍科科長)・
篠崎和弘(和歌山県立医科大学神経精神医学教室教授):編者  
2015年発行 B6変型判 612頁
定価(本体価格3,000円+税)
ISBN9784880021867

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内容の説明▼

認知症の人への身体症状のケアと、診断時から始まる支援はどうあるべきか? 苦痛への配慮と将来の見通し、意思決定支援実践のためのポケットブック。

新オレンジプラン(2015年1月)では「認知症の人の意思が尊重され、住み慣れた環境で自分らしく暮らし続ける」ことが謳われている。その手本となったのがイギリスの国家戦略案である。本書は2011年にイギリスの精神医学、老年医学、高齢者看護の専門家によって執筆された。
カバーする領域は、若年性認知症、疼痛管理、終末期対応、意思尊重、スピリチュアル対応、成年後見制度、介護者の死別支援など包括的である。
これまで語られてこなかった、意思能力などの社会的支援と、家族のケアも含めた総合的な支援について、認知症の臨床に取り組む医師、看護、介護の方に向けてまとめた本邦初の「認知症の緩和ケア」の本である。

日本語版刊行にあたって

 わが国は世界最長の平均寿命に到達し、世界一の高齢者比率、世界一の後期高齢者の比率、世界最速の高齢化社会から高齢社会への推移などいずれのパラメーターでみても世界に類をみない超高齢社会を迎えている。認知症患者の比率も当然のことながら世界一であり、認知症にかかわる問題は既に医療の枠を超えた社会的問題となっている。
 認知症の発症は脳の老化と密接に関係しており、人が長生きすればするほど認知症のリスクを背負うことになる。認知症の発症メカニズムの生物学的研究も進展してきたが、未だ十分な治療法や予防法は開発されてはいない。現在、最も必要とされていることは、認知症の介護・看護の知識と技術であろう。
 認知症とは、認知機能障害のために社会で生活を営む機能に障害を呈することである。認知症患者では、まず社会的生活機能が障害され、進行すると入浴・食事・排泄など個人的生活機能も障害されるが、呼吸・血圧・体温などの生物学的生活機能は維持される。社会的生活機能および個人的生活機能の障害が認知症の本質であることを考えると、認知症患者の対応にあたっては、心理・社会的な視点が重要であることが理解できよう。
 ヒトは皆、似たような赤ん坊として生まれるが、年を重ねると共に色々な個人的経験を積み重ねて人生を生きていき高齢者では最も個人差が大きくなる。身体疾患に罹ることも多いし、心理的・性格的にも大きな個人差を呈するようになり、社会的・経済的にも個人差は大きい。認知症患者の症状や性格や生活も、それぞれの患者の経験・生活・社会的要因を反映して極めて多彩である。個々の認知症患者に適切な対応や介護を提供することは意外と難しいということを知っていてほしい。
 わが国の老年精神医学のパイオニアの一人とされている金子仁郎大阪大学精神医学教授(1915-1997)は、昭和30年代に認知症を軽症・中等症・重症に三分類することを提唱した。続く西村健(1931-2009)教授は、認知症患者の脳内では蛋白が不溶化していることを見出し、認知症の形態学的研究から生化学的研究への道を開いた。そして、現在に至るまで、認知症の臨床・基礎研究は、教室の重要な研究テーマとなっている。このような教室の流れを引き継いで、「認知症の緩和ケア―診断時から始まる患者と家族の支援」が小川朝生君と篠崎和弘君の尽力により刊行されることになった。
 本書は、2011年に英国で出版されたDementia―from advanced disease to bereavement―の翻訳である。高度認知症患者をも含めて、診断時から終末期までの認知症患者に対する対処・看護・介護にかかわる知識と技術がまとめられている。緩和ケアにおいて多くの精神科医が活躍しているが、高度認知症患者に対するケアに対しても緩和ケアで得られた経験と知識は活用できるものであろう。
 現代社会は認知症患者にとって生活しにくいという事実を指摘しておきたい。現代社会での生活には、複雑さとスピードが要求されるようになり、いつの間にか人類本来の自然な生活から乖離し始めているように思われる。自然な人の生物学的欲求に基づくゆとりや揺らぎを限りなく少なくしようとしているかのように見える。人は本来の自然な活動を失い、社会的生存の枠組みに組み入れられて、その枠からはみ出すものは社会的に抹殺される仕組みになりつつある。事実、認知症患者は生物学的な生存はできるが、この複雑な社会では社会の機能を果たすことができていない。現在の社会は、認知症患者の生命維持は許容するけれども、社会的生命を確保するための努力が足りていないように思われる。

2015年 新春
武田雅俊

おもな目次▼

CHAPTER 1 序
 はじめに
 定 義
 疫 学

CHAPTER 2 認知症とそのマネジメント
 はじめに
 認知症とは?
 認知症の症状
 認知症のタイプ
 認知症でないものとは?
 医学モデルを超えて
 専門家

CHAPTER 3 若年発症の認知症
 はじめに
 疫学およびマネジメントに関わる事項
 若年と高齢の認知症患者の相違点
 診断に関する事項
 YODの主な病型
 YODのマネジメント
 緩和ケアとエンド・オブ・ライフケア

CHAPTER 4 高度認知症
 認知症の進行
 高度認知症
 高度認知症での認知機能の変化
 認知症の行動・心理症状(BPSD)
 身体的変化
 ステージ分類
 緩和ケアの必要性の判断

CHAPTER 5 緩和ケアの概要
 基 礎
 誰が緩和ケアを提供するのか?
 専門的緩和ケアを紹介する理由とは?
 どこで緩和ケアを提供するのか?
 認知症患者の緩和ケアとは何か

CHAPTER 6 認知症の苦痛
 認知症の重度の苦痛(肉体的・精神的苦痛)
 苦痛の特定と原因の理解
 快適さとケアの提供

CHAPTER 7 認知症における身体症状の評価に関する原則
 症状評価における重要な問題
 一般集団の症状評価
 高齢者の症状評価
 学習障害の人の症状評価
 認知症の人の症状評価

CHAPTER 8 高度認知症における痛みと痛みのコントロール
 はじめに
 生物学的回路
 心理状態と痛み
 高齢者における痛み
 認知症における痛み
 痛みのコントロールの原則
 一般的な鎮痛薬
 強オピオイド
 鎮痛補助薬

CHAPTER 9 その他の身体症状
 はじめに
 口腔症状
 消化器症状
 呼吸器症状
 泌尿器症状
 神経学的症状

CHAPTER 10 精神的苦痛と心理・行動の問題
 精神的,心理的な苦痛の症状
 BPSD
 せん妄
 う つ
 精神病症状
 不安と理解力低下
 不穏と攻撃性
 睡眠障害
 特異的な症状
 痛みとBPSDの鑑別

CHAPTER 11 認知症による機能障害への対応
 基本事項
 機能の維持
 認知機能の障害
 身体機能の障害

CHAPTER 12 認知症終末期における合併症
 はじめに
 毎日,患者の身体を最高の状態に保つために
 身体合併症の急性発症
 慢性疾患の管理で考えるべきこと

CHAPTER 13 適切な治療を決断するために
 治療の決断をする際に重要なこと
 倫理的思考法
 特定の臨床状況

CHAPTER 14 終末期
 はじめに
 死期の判別
 最期の数日の患者管理
 臨死期患者に対するリバプール・ケア・パスウエイ
 死後の対応
 シリンジポンプの管理

CHAPTER 15 死 別
 はじめに
 悲嘆と死別の理論
 認知症の人における死別
 認知症の人の介護者における死別
 死別サポートの提供

CHAPTER 16 コミュニケーション
 はじめに
 コミュニケーションの質に認知症が与える影響
 バッドニュースを伝える
 家族とのコミュニケーション
 コミュニケーション技術
 脆弱な高齢者とのコミュケーションと保護
 秘密情報をより広く共有すること

CHAPTER 17 認知症のパーソン・センタード・ケア
 はじめに
 弁証法的過程としての認知症

CHAPTER 18 選択,意思決定能力,ケアおよび法律
 認知症患者の自己決定
 イギリスでの法的枠組み
 拘 束

CHAPTER 19 スピリチュアルケア
 はじめに
 スピリチュアルな存在を表現する方法
 宗教とスピリチュアリティ
 認知症患者のためのスピリチュアルケア
 スピリチュアルケアを提供するためのツール

CHAPTER 20 適切なケアの提供
 高度認知症の人のケアの場
 在宅でのケア
 ケアホームでのケア
 病院でのケア
 ホスピスでのケア
 地域における総合診療医の役割

CHAPTER 21 家族介護者の視点
 はじめに―認知症の夫を看取るまで―
 身体介護
 身体介護を超えて―自己モデルについて―
 死に逝くとき
 Malcomの病を巡る身近な人たちの反応
 喪失と悲嘆

CHAPTER 22 介護者の支援
 介護者とは?
 介護者の負担
 介護者のアセスメント
 介護者支援

CHAPTER 23 その他の治療
 補完医療
 音楽療法

CHAPTER 24 経済的問題
 ヘルスケアとソーシャルケア
 その他の給付金

巻末付録
 1 略語など
 2 薬剤相互作用
 3 重要な神経化学的症候群
 4 皮膚分節
 5 オピオイド換算表

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