高次脳機能障害 豆ブック

 伊林克彦:編著
 阿志賀大和:著
 新垣孝幸:著

2018年発行 B6変型判 196頁
定価(本体価格2,000円+税)
9784880021935

内容の説明

高次脳機能障害の用語や概念を簡潔に収載!
失語、失認、失行など高次脳機能障害を診る際の要点をわかりやすくまとめた1冊。訓練・介入へとつながるポイントはコラムでも紹介。
臨床の場で、実習場面で、さっと確認ができるポケット判!

推薦の序

 伊林克彦教授が「高次脳機能障害 豆ブック」を刊行されました.ポケットに入る小さな本で,臨床の場でも実習の席でも,そっと取り出してみて,いま問題になっている症状や障害の概要を,即座に復習し確認することができます.若い言語聴覚士やその学生諸君に非常に便利な本であろうと思われます.
 「苦労人」(くろうにん)という言葉があります.いまどきの流行語ではありませんが,苦労を積み重ねてきた人が,世情や人情に通暁して,他者の困難を敏感に察知する人柄になることをいいます.小生には,伊林先生こそまさに失語学の苦労人だと思われます.スポーツ事故で身体不如意になられ,それから言語聴覚学に進まれたと聞いております.専門課程の学習が人の何倍も困難だったでありましょう.すさまじい努力と勇気によってこれを克服され,最終的に学位を認められ,新潟リハビリテーション大学院の教授になられました.伊林先生はご自分が大変な苦難を経験されてきた方ですから,後輩や学生がどこでどういう困難にぶち当たってもがいているのかが,たなごころを差すようにおわかりになるのでしょう.本書はそういう先生が,この領域の若い後輩たちに,失語学の用語と概念のポイントをうまく短くさし示した手引書なのであります.
 伊林先生は,失語学・言語聴覚学の教育面で,非常にすぐれた方であると感じております.大学や大学院での講義のほかに,長年にわたって「新潟神経言語学セミナー」を主宰されてきました.大学でもセミナーでも,いつもおおぜいのお弟子さんや後輩にかこまれて,先生の周囲には談笑の集まりができます.卒業生の来し方行く末にこころを配り,論文でも学会でも,彼らの活動に対して助力を惜しみません.
 伊林先生は研究生活の途上で,カナダのルクール先生のところに留学されたことがあるそうです(リクールという表記もある).これには驚きました.小生は,失語学でもっともえらい学者は誰かと質問されたら,パリのアラジュアニヌ先生の名を挙げることに躊躇しません.失語学研究に言語学者との共同研究を導入したもっとも初期の学者であり,再帰性発話もジャルゴンもアナルトリーも,その症状学は彼によってなされたと思います.その高弟がルクール先生なのです.つまり伊林先生は,アラジュアニヌ先生の孫弟子ということになります.それを聞いて以来,小生の眼には伊林先生の背後から後光のようなものが見えるようになりました.
 本書の成立には,彼のお弟子さんたちの協力が多々あったと聞いています.それは非常にいいことだったと思います.学者がひとりよがりに難しいことを言っているだけでは,若い人たちはついていけません.失語学や神経心理学には,いつまでたってもぺダンティックな雰囲気が消えないように思います.言語聴覚学がリハビリテーションの一環として,広く社会的にも認知され,多くの患者さんたちが期待を寄せている時代です.この学問が一部の高踏的な学者の専有物であったり,趣味的知識の蓄積だけであってはならないのです.用語や概念をわかりやすく解説するということが,現場をになう若い人たちに重要な意味を持っていると思うのです.
 伊林先生にはいつもかたわらに直子夫人が控えておられます.今回も奥様がみごとに秘書の役割を果たしたのであろうと推定しています.お二人を見ていると,日本の古典的な「正しい」夫婦とおよびしたくなります.弟子,後輩,学生,奥様などなど.苦労人・伊林克彦先生が周囲のさまざまなアイデアを結集してまとめられた手引書であります.いま現場で苦労している若い人たちにおすすめする次第であります.

2018年夏

波多野和夫

はじめに

 数年前,実習から戻ってきた学生が,当時手掛けていた「神経心理学の要点」の原稿を見て,「このような本を実習前や実習中に簡単に見ることができたら大変助かったのに」と言うのを聞いた.また,知人の介護分野で働く人からも「もう少し言語障害や脳の疾患についての知識が得られれば仕事上大変助かるのですが…」と声をかけられた.
 本書は,このような学生や医療を中心とした職業人にとって,簡便で常にポケットに入れて持ち歩くことができ,いつでも確認したいときに調べることのできるものを目指した.
 高次脳機能障害とは,『運動の麻痺や失調,不随意運動,感覚の鈍麻,視覚や聴覚の知覚障害といった要素的な症状では説明のつかない行為,認知,言語,記憶などの障害,および注意や遂行機能,社会的行動など高次の精神活動が障害された状態』であるとされている.症状は,言語機能が障害されると失語症,対象を認知する機能が障害されると失認症,行為の障害は失行症などのように名称が変わり,さまざまな症状が存在する.それらの評価は,検査のみに頼るのではなく,日常の様子もしっかり観察することが重要である.また,評価で終わるのではなく,訓練を含めた介入も必要であるため,本書では代表的な訓練法についても記載するよう努めた.さらに,高次脳機能障害以外にも臨床上よく目にする精神的な症状や発話の症状についても,いくつか載せることができた.少しでも臨床の場でお役にたてれば著者として大きな喜びである.なお,本書の特色を超えたより正確で詳細な知識を深めたい場合には,当該領域の文献や成書を参照していただきたい.

2018年6月

編著 伊林克彦

おもな目次

1.中枢神経系の解剖
  1.中枢神経系の概観
  2.大脳の部位と機能
  3.MRIの見方
  4.CTの見方
2.意識障害
  1.意識障害
  2.閉じこめ症候群
3.注意障害
  1.注意障害
  2.全般性注意障害
  3.方向性注意障害
  4.ペーシング障害
4.行為の障害
  1.失行
  2.観念運動失行
  3.観念失行
  4.肢節運動失行
  5.口部顔面失行
  6.着衣失行
  7.使用行動
  8.模倣行動
  9.構成障害
5.認知の障害
  1.失認
  2.統覚型視覚失認
  3.連合型視覚失認
  4.統合型視覚失認
  5.相貌失認
  6.色名呼称障害
  7.純粋語聾
  8.環境音失認
  9.広義の聴覚失認
 10.皮質聾
 11.感覚性失音楽
 12.触覚失認
 13.半側身体失認
 14.病態失認
 15.Anton症候群
6.失語症
  1.失語症
  2.ブローカ失語
  3.ウェルニッケ失語
  4.伝導失語
  5.全失語
  6.失名詞失語
  7.超皮質性運動失語
  8.超皮質性感覚失語
  9.混合型超皮質性失語
 10.語義失語
 11.皮質下性失語
 12.音韻失語
 13.表層失語
 14.深層失語
 15.視覚失語
 16.発語失行
7.失読失書,失算
  1.失読,失書
  2.純粋失読
  3.純粋失書
  4.失読失書
  5.音韻失読
  6.表層失読
  7.深層失読
  8.失算
8.視空間認知障害
  1.視空間認知障害
  2.半側空間無視
  3.街並失認
  4.道順障害
  5.Bálint症候群
9.前頭葉機能障害
  1.前頭葉機能障害
  2.遂行機能障害
  3.性格変化
  4.把握現象
  5.拮抗失行
  6.他人の手徴候
  7.道具の強迫的使用
  8.被影響性症状
  9.運動開始困難
 10.運動維持困難
 11.感情失禁
 12.脱抑制
 13.保続
 14.意欲障害
10.半球離断症候群
   1.半球離断症候群
   2.左手優位の症状
   3.右手優位の症状
11.記憶障害
   1.健忘
   2.前向性健忘
   3.逆向性健忘
   4.作業記憶障害
   5.作話
   6.コルサコフ症候群
12.認知症
   1.認知症
   2.脳血管障害型認知症
   3.アルツハイマー型認知症
   4.前頭側頭型認知症
   5.レヴィー小体型認知症
13.ゲルストマン症候群
  ゲルストマン症候群
14.運動障害性構音障害
   1.運動障害性構音障害
   2.痙性構音障害
   3.弛緩性構音障害
   4.運動過多性構音障害
   5.運動低下性構音障害
   6.失調性構音障害
   7.UUMN構音障害
15.脳卒中後のうつ病
  脳卒中後のうつ病
16.変性疾患
   1.パーキンソン病
   2.筋萎縮性側索硬化症
   3.脊髄小脳変性症
   4.重症筋無力症

≪用語解説≫
 PETとSPECT
 身体パラフレニア
 音韻性錯語と語性錯語
 流暢性と非流暢性/文法の障害/発語失行/プロソディ
 語聾と語漏
 ジャルゴンとその種類
 常同言語
 迂言
 「超皮質性」とは
 反響言語(エコラリア)
 反復言語(同語反復症)
 ロゴジェン・モデル
 非失語性呼称障害
 音の誤りの種類
 なぞり読み(schreibendes lesen)
 錐体路と錐体外路
 利用行動と模倣行動
 脳梁
 Pick病
 嗄声の種類とその尺度(GRBAS尺度)
 小脳性運動失調
 神経の変性

≪コラム≫
 「高次脳機能障害」と「神経心理学」の違い
 CTとMRIの特徴
 2種類の高次脳機能障害
 初回評価のポイント
 せん妄/錯乱/失外套症候群
 Brodmannの脳地図 ①
 「観念運動失行」と「観念失行」の違い
 Brodmannの脳地図 ②
 「半側身体失認」と「半側空間無視」の違い
 Brodmannの脳地図 ③
 脳梁離断で生じるその他の症状
 高次脳機能とノーベル賞
 Brodmannの脳地図 ④
 ワーキングメモリ(作業記憶)とは
 Brodmannの脳地図 ⑤
 認知症の診断に用いる神経心理学的検査以外の評価
 認知症の薬物療法
 治療可能な認知症(treatable dementia)
 「運動障害性構音障害」と「発語失行」の違い
 錐体路徴候と錐体外路徴候