放射線治療ケーススタディ
中川 恵一(東京大学医学部放射線医学教室 准教授):監修
山下 英臣(東京大学医学部放射線医学教室 病院講師):著
2014年発行 B5判 176頁
定価(本体価格3,500円+税)
ISBN9784880027197

その他執筆者など▼
内容の説明▼

 「がんに関わるすべての医療者が放射線治療の必要十分な知識を!」
 根治照射,補助照射,緩和照射の3つに分け,それぞれにおいて代表的ながん種・治療法を,実際の症例をもとに解説しました。放射線科の医師・技師の方々をはじめ,放射線治療について学びたい他科の医師,医学物理士を志す方々に最適な1冊です。学生にも読めるよう解説しました。
 「東大プロトコール」をケースごとに設け,同時に併用される化学療法もできる限り記載しました。放射線治療に関するコラムも多数盛り込んでいます。
 生涯累積がん罹患リスクは,男性で約6割,女性で5割弱に達しており,これは国民の半数以上が生涯に何らかのがんに罹患するということを表しています。切れば終わりではない「西洋型」のがんが増加し,放射線治療が果たす役割が特に大きくなった現在に最適な1冊です。

監修にあたって

 がんに関わるすべての医療者が放射線治療についての必要十分な知識を持つべきである.
 現在,新たにがんと診断される日本人は年間約75万人で,生涯累積がん罹患リスクは,男性で約6割,女性でも5割弱に達しています.つまり,国民の半数以上が生涯に何らかのがんに罹患するということです.わが国におけるがん急増の原因は,急速に進行する高齢化です.がんは一種の老化ですから,世界一高齢者が多いわが国に世界一がん患者が多いのは自明です.そして,この高齢化のスピードが世界の歴史上,類を見ないほど速いことがポイントです.
 わが国の人口は,2013年10月1日現在,1億2729万8千人万人で,そのうち,65歳以上の高齢者人口は,過去最高の3189万8千人で,総人口に占める割合(高齢化率)も世界最高の25.1%になっています.この高齢化率が7%になると「高齢化社会」,14%になると「高齢社会」と呼ばれますが,日本は高齢化率が21%以上となる「超高齢社会」です.
 日本の場合,高齢化社会から高齢社会に至るまでの期間は,1970年から1994年までの24年間でした.しかし,たとえばフランスでは,日本より100年以上も前の1865年にすでに7%に達していますが,14%になったのは1979年で実に114年もかかっています.同じく,スウェーデンでは,1890年から1972年までの82年間ですから,日本の24年がいかに短期間かわかると思います.
 しかし,あまりに高齢化が速かった結果,がん患者の増加も史上例を見ないスピードとなりました.この急ピッチのがんの増加に,個人の知識や心がまえ,さらには行政,教育などが追いついていないのが,今の日本の姿だといえるでしょう.放射線治療を取り巻く環境の整備が遅れたのも,同じ理由が背景にあると思います.
 がんによる死亡数は年間約36万人で,5年生存率は全体で6割近くまで上昇しています.そして,75万人の新規がん患者のうち,約3割にあたるおよそ25万人が放射線治療を受けています.しかし,この3割という数字は,先進国では最低水準です.たとえば,米国では,がん患者の66%が,ドイツでも60%,イギリスでも56%が,放射線治療を受けています.「がんの半数が放射線治療」はアジアを含む世界の常識です.
 日本で放射線治療が行われてこなかった原因の一つとして,手術偏重が確かにあります.医師主導の意思決定が行われてきたこと,高いピロリ菌感染率や塩分摂取過多を背景に,日本のがんが手術に適した胃がんに代表されていたこと,がん患者が若く,手術が受けられたこと,「がん=外科で手術」という根拠のない図式が定着していたこと,などが手術偏重の理由でしょう.
 たしかに,私が放射線治療の道を選択した80年代半ばまでは,放射線治療は,「でも,しか」治療と言われていました.根治的放射線照射は少なく, 他の治療法のないケースに, 放射線治療が 「消去法的」 適応となるケースが多かったと言えます.一方, 毎日新聞が行った 「健康と高齢社会世論調査」 でも,「放射線治療が手術と同じくらい有効ながんにかかった場合,放射線治療を受けたいですか」の問いに対して,54%が「放射線治療を優先したい」と回答していました.これに対して,「手術を優先したい」は39%でした.
 しかし,「手術を優先したい」と答えた方に,「放射線治療を希望しない理由」を聞いたところ,「完治するか不安」が48%,「被曝の副作用が心配」が46%,「治療に時間がかかりそう」が41%,「治療にお金がかかりそう」が28%でした.これらはみな誤解で,多くのがんで放射線治療は手術と同じくらいの治癒率をもたらしていますし,副作用も手術と比べて少ない傾向があります.入院の必要がなく外来治療が基本で,仕事と両立が可能の場合も多く,医療費も手術と比べて安価と言えます.
 しかし,がん治療の選択を取り巻くこうした状況は随分変わってきました.生活習慣の欧米化によって,胃癌や子宮頸癌などの「感染症型」の癌が減り,肺癌・乳癌・大腸癌・前立腺癌など「西洋型」の癌が増加しています.こうした癌は,「切れば終わり」ではなく,放射線治療の役割が大きいのです.告知はするのが当たり前になり,患者さんに嘘をついて放射線をかける必要もなくなりました.さらに,科学的にがんの治療方法を評価する手法“evidence-based medicine(EBM)”が広まった点も,放射線治療が正しく位置づけられつつある理由です.
 こうした背景から,放射線治療の患者数は急増しています.数年後には,がん患者の半数が放射線治療を受けることになります.日本人の半数以上が,がんに罹患しますので,実に,日本人の4人に1人が放射線治療を受ける計算になります.
 がんの放射線治療には次のような特長があり,現代の日本社会のあり方に放射線治療がよくマッチしていることがわかると思います.
 ① 臓器の機能や美容を保つことができる.
 ② 手術や抗がん剤との組み合わせでよりよい治療結果が得られる.
 ③ がん治療のなかでいちばん副作用が少ない.
 ④ 早期がんから緩和ケアにまで幅広く使われる.
 ⑤ がん治療のなかで最も経済的.
 ⑥ 通院で治療を受けられる場合が多い.
 ⑦ 治療の負担が少ないため高齢者でも受けやすい.
 ⑧ テクノロジーの進歩を直接活用できるハイテク医療である.
 ⑨ 医師,技師,看護師,医学物理士などによるチーム医療である.
 これらの理由によって,これまで影が薄い存在だった放射線治療に今,スポットライトが当たっています.
 2006年6月に「がん対策基本法」が成立したのは,「がんの欧米化」や「がん患者の高齢化」が進み,これまでのように,手術一辺倒で,治癒のみを追求するがん治療体系では,現実に起こっている社会とがんの変化に対応できなくなってきたことが背景にあります.法律の基本計画である「がん対策推進基本計画」でも,以下の抜粋のように,放射線治療・化学療法,緩和ケア,がん登録が3つの柱となっており,特に,放射線治療が重視されています.
 「がん医療について,がんの種類の変化に対応し,手術,放射線療法及び化学療法を効果的に組み合わせた集学的治療を実施していくため,手術と比較して相対的に遅れている放射線療法及び化学療法を推進していくこととする.特に,放射線療法については,近年の放射線療法の高度化等に対応するため,放射線治療計画を立てたり,物理的な精度管理を支援したりする人材の確保が望ましい.」
 (がん対策推進基本計画より)
 この基本計画が,閣議決定された2007年6月に,安倍晋三内閣総理大臣が,東京大学医学部附属病院放射線治療部門を視察され,記者会見を開いて基本計画を発表したことも,非常に象徴的でした.
 放射線治療では,がんに放射線をできるだけ集中することが大事です.仮に,完全にがん病巣部にだけかけることができ,周りの正常の細胞には放射線がまったく当たらないようにできたら,放射線は無限にかけることができ,100%がんは治ることになります.この考えはかつては机上の空論でしたが,画像診断の進歩や治療装置の高精度化を受けて,現在では,現実的になってきています.
 日進月歩の高精度放射線治療を支えているのは,専門性をもった診療放射線技師や医学物理士です.特に,医学物理士については,2012年に見直されたがん対策推進基本計画にその名称が記載されているほか,がん診療連携拠点病院の指定要件にも,配置が望ましいとされているなど,法的にも社会的にも認知が進んでいます.
 最後になりますが,今や,がんに関わるすべての臨床医が放射線治療について十分な知識を持つべきです.さらに放射線治療を専門とする診療放射線技師や医学物理士にも放射線治療に関する臨床的知識が必要です.本書は,こうした目的にピッタリの内容と形式となっています.監修者として強く推薦いたします.

2014年4月
中川 恵一

おもな目次▼

略語一覧

第1章 根治照射
Case 1 子宮頸癌
Case 2 食道癌
Case 3 早期末梢型非小細胞肺癌
Case 4 限局型小細胞肺癌
Case 5 局所進行非小細胞肺癌
Case 6 前立腺癌強度変調放射線療法(IMRT)
Case 7 早期前立腺癌小線源治療(BT)
Case 8 MALTリンパ腫
Case 9 上顎癌
Case10 喉頭癌
Case11 上咽頭癌
Case12 中咽頭癌
Case13 下咽頭癌
Case14 膵臓癌
Case15 高精度放射線治療とPET

第2章 補助照射
Case 1 乳癌術後
Case 2 甲状腺癌の放射性ヨード内用療法(アイソトープ治療)
Case 3 悪性神経膠芽腫術後
Case 4 びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)
Case 5 ホジキンリンパ腫(HL)
Case 6 子宮頸癌術後
Case 7 子宮体癌術後
Case 8 直腸癌術前
Case 9 ケロイド術後
Case10 精巣上皮腫(特にセミノーマ術後)
Case11 全身照射(TBI)

第3章 緩和照射(姑息照射)
Case 1 骨転移
Case 2 転移性脳腫瘍
Case 3 肺癌に対する緩和目的の胸部照射
Case 4 上大静脈(SVC)症候群
Case 5 悪性脊髄圧迫症候群(MESCC)
Case 6 消化器癌の緩和照射

索引