臨床てんかん next step ―知的障害・自閉症・認知症から併発精神障害まで
Michael R. Trimble,Bettina Schmitz:編集
吉野相英:監訳
立澤賢孝・戸田裕之・角田智哉:訳  
2013年発行 B5判 248頁
定価(本体価格5,800円+税)
ISBN9784880027456

その他執筆者など▼
内容の説明▼

てんかんに特異的な精神障害のほか併発することの多い知的障害,自閉症,認知症についての知見も詳細に解説.てんかん診療の基礎からさらに一歩進んだ内容まで収載した1冊.

(訳者まえがきより)
 本書は2011年に出版されたNeuropsychiatry of Epilepsy, Second Editionの全訳である.初版が出版されたのが2002年なので,9年ぶりの改訂ということになる.編者はMichael R. TrimbleとBettina Schmitz.Trimbleについては数多くの学術書を編纂,執筆しているので,ご存知の方も多いと思う.ロンドン大学神経研究所病院の教授を長年務め,てんかんをはじめとする神経学と精神科学の境界領域の研究を続けている.言うまでもなく,この分野の先駆者のひとりである.SchmitzはCharitéともよばれるベルリン医科大学病院の神経内科教授であり,てんかんの精神症状に特化した学術誌Epilepsy & Behaviorの編集委員も務めている.
 本書はそのタイトルのとおり,てんかんに関わるさまざまな精神医学的問題を扱っている.目次をご覧になれば分かるように,てんかん併発精神障害の疫学に始まり,発作間欠期不快気分障害,発作周辺期精神症状,発作後精神病などのてんかんに特異的な精神障害だけでなく,てんかんを併発することの多い知的障害,自閉症,認知症についてもそれぞれ独立した章を設け,詳細に解説している.こうしたてんかん併発精神障害の治療には向精神薬を用いることもある.しかし,向精神薬の発作惹起作用を心配するあまり,躊躇してしまうこともあるだろう.この疑問に対しても本書は明確な指針を提供してくれるはずである(第16章).なお,発作後精神病(第8章)はこの分野の泰斗である愛知医科大学の兼本浩祐教授の手によるもので,最新の知見だけでなく,発作後精神病の概念がいかに構築されてきたかを知ることができる.抗てんかん薬が引き起こすさまざまな精神医学的有害事象については,昨今取り沙汰されている自殺の問題も含めて3章を割いている.新世代抗てんかん薬が本邦でも使えるようになってからまだ日が浅いが,欧米では使用経験が長く,有害事象についてもさまざまな知見が集積されている.したがって,新世代薬についても貴重な情報を読者に提供してくれるに違いない.てんかん外科治療後には術後精神病や心因性発作などの精神医学的問題が生じることがあるが,これについても独立した章を設けている.また,近年注目されている「社会脳」と側頭葉てんかんの関係(第11章)や,自己意識を支えている神経基盤である「デフォルト・モード回路」とてんかん発作の関係(第18章)についてもわかりやすく解説されているので,読者の好奇心を満足させること請け合いである.
 「てんかんは神経疾患ではあるけれども,てんかん学と精神医学を切り離すことはできない」という考えが本書の底流をなす基本的な姿勢である.欧米ではてんかん診療に携わる精神科医が極めて少ないという事情もあり,こうした現状に対する危機感が本書の随所に表れている.本書でも繰り返し触れているように,てんかん学は神経学と精神医学の境界領域に位置し,精神医学がてんかんとの関わりを断つことはできない.近年,てんかん学に関心を持つ精神科医が減っていることを考えると,憂わずにはいられないが,本書を通じて精神科を志す研修医がてんかん学にも興味を抱いてくれることに期待したい.また,そうした思いが本書を翻訳させる原動力ともなった.
 翻訳にあたっては日本語として自然であることを心がけたが,理解しにくい部分があるとすれば,それはすべて監訳者の責任である.抗てんかん薬をはじめとする薬剤については本邦で承認されているものはカタカナで表記し,未承認薬については英字のまま表記してある.
 本書の翻訳作業は防衛医科大学校病院長の野村總一郎先生の暖かい見守りがなければ完成しなかった.深甚の謝意を表したい.
 てんかん専門医だからといって必ずしもてんかんの精神医学的問題にも詳しいとはかぎらない.本翻訳がてんかん専門医を目指す医師のみらならず,てんかん学と関わりのあるさまざまな分野の専門家,医師,学生の一助となれば幸いである.そして,実地のてんかん診療における手引きとしても本書を活用していただければと思う.
(訳者を代表して 吉野相英)

おもな目次▼

第1章 はじめに

第2章 てんかんと精神障害:分類と疫学 
てんかん併発精神障害の横断的地域住民研究/てんかんと精神障害の時間的関係:縦断的地域住民研究/てんかん併発精神障害の分類/まとめ

第3章 知的障害と関連遺伝子疾患
定義/知的障害の遺伝子検査/知的障害とてんかん/知的障害遺伝子とてんかん原性/行動表現型/知的障害とてんかんを引き起こす遺伝疾患/知的障害におけるてんかん診療の留意点/まとめ

第4章 自閉症スペクトラム障害
自閉症とてんかんはなぜ併発するのか/自閉症と小児てんかん概念の変遷/自閉症状を引き起こすてんかん/ 自閉症児のてんかん診療/自閉症と「潜在性てんかん」/予後と治療終結について/小児てんかんによる自閉症的退行の長期経過/まとめ

第5章 てんかん発作に伴う認知行動障害
認知行動障害の体系的な鑑別法/状態依存性認知機能障害/欠神発作の頻発/一過性認知障害/高頻度局所性放電/高頻度半球性放電/発作後にみられる認知機能障害/徐波睡眠時てんかん放電重積/まとめ

第6章 認知症
認知症とてんかんの疫学/発作型,発作重症度,時間経過/Alzheimer病におけるてんかん発作の病態生理/診断戦略/治療戦略/まとめ

第7章 発作周辺期精神症状
発作前精神症状/発作時精神症状/発作後精神現象/発作後精神症状群/まとめ

第8章 発作後精神病
歴史的背景と定義/主要所見/新知見/発作後精神病の発現機序

第9章 発作間欠期不快気分障害
てんかんとうつ病をめぐる問題/特定のてんかん症候群とうつ病の関係/てんかんに伴う非定型うつ病:発作間欠期不快気分障害/発作間欠期不快気分障害の診断/まとめ

第10章 前頭葉・側頭葉てんかんの神経心理学
前頭葉と側頭葉の神経回路/行動変化の多元的モデル/前頭葉・側頭葉てんかんの神経心理学/発作症状/発作後症状/前頭葉・側頭葉てんかんとパーソナリティ/特性と状態/まとめ

第11章 感情失認と心の理論
社会的認知/社会的認知の基本過程/心の理論/社会的認知機能検査/側頭葉てんかんの社会的認知機能/まとめ

第12章 心因性発作
疫学/診断/ビデオ脳波検査/その他の検査/治療と予後/ まとめ

第13章 抗てんかん薬の向精神作用
従来薬の有害な向精神作用/新世代薬の有害な向精神作用/抗てんかん薬の有益な向精神作用/有害作用を惹起する危険因子/有害作用の発現機序/まとめ

第14章 抗てんかん薬と自殺
てんかんと自殺/抗てんかん薬と自殺/自殺の神経化学/抗てんかん薬の神経化学/GABA系抗てんかん薬と自殺/新世代薬と自殺/FDA警告後の動き/まとめ/補遺

第15章 抗てんかん薬と認知機能障害
抗てんかん薬による認知機能障害/まとめ

第16章 併発精神障害と向精神薬の使い方
うつ病/不安障害/双極性障害/精神病/注意欠如多動性障害/まとめ

第17章 てんかん外科治療と精神症状
精神科診断をめぐる問題/外科治療対象側頭葉てんかんの精神障害併発率/てんかん精神病/術後精神病/感情障害と不安障害/心因性発作/パーソナリティ障害/併発精神障害と術後発作転帰/精神医学的評価の進め方/診断スクリーニングテスト/まとめ

第18章 てんかんと意識
意識の定義/意識水準と意識内容/発作時の意識状態/てんかんと脳のデフォルト・モード/まとめ