●民事精神鑑定の本質
民事精神鑑定の本質
西山 詮(錦糸町クボタクリニック院長):著  
2015年発行 B5判 162頁
定価(本体価格5,000円+税)
ISBN9784880027555

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内容の説明▼

 実際の民事鑑定で、鑑定人が鑑定資料からどのような証拠を選び取り、精神医学的に鑑定し、評価し、解釈しているか、またどのように法律家へ助言しているかを詳細に記録した。
 本書を通して、民事精神鑑定の本質に迫っていただけたら幸いである。

序 文

 半世紀ほど昔の話になるが,研修医も2年目になると,主任教授が裁判所から引き受けてきた精神鑑定を割り当てられた.多くは刑事鑑定で,われわれ鑑定人見習は,概略の診断がついた頃,病歴と本人を教授に紹介し,指示や寸評をもらって,あとは独りで鑑定書を完成するのであった.当時は「臨床医のための司法精神医学入門」(日本精神神経学会編)のような親切な書物はなく,先輩たちの鑑定書がすなわち参考書であった.
 当時は「今日の精神医学」(K. Schneider著,平井・鹿子木訳.第3章が「責任能力の判定」),「精神鑑定」(H. Gruhle著,中田訳),「鑑定例集」(三宅鑛一著)が比較的手に入りやすい参考書で,この方面では中田らの努力もあってSchneiderの不可知論が優勢になっていた.1961年にはH. E. Ehrhardt(Psychiatrie der Gegenwart, Bd. Ⅲ)によって不可知論に対する果敢な反撃が開始されていたが,著者がこれを知ったのは70年代のことである.
 ともかく刑事責任能力の問題が精神鑑定の華で,民事精神鑑定を主題的に論じている人はいなかった.著者自身,禁治産宣告等のための精神鑑定(今日の成年後見鑑定)をするようになったのは70年前後の頃からで,それもきわめて散発的であった.それが70年代を経るにつれ養子縁組能力や遺言能力の鑑定依頼が相次いで入るようになり,これらが年毎に増えるとともに他の様々な民事鑑定が押し寄せてきた.鑑定依頼は滅多に断らなかったから,年中鑑定をしていた.80年代後半以降は,刑事鑑定と民事鑑定とが相半ばするようになった.多いときには並行して,刑事と民事併せて5件の作業をしていたこともある.
 遺言能力であれ,縁組能力その他であれ,民事精神能力というものは,人間が生きていくための欲望と深い関係を持っているように思われる.ある人の能力と周囲の人の欲望との関係に民事法は特別の関心を寄せているのである.
 さて,本書が目指すのは次のことである.まずは,鑑定の初心者に民事鑑定を興味深いものにすることである.初心の人には鑑定書を熟読して頂きたい.著者が鑑定資料の中からどのような証拠を選び取り,その証拠を精神医学的にどのように評価し,解釈しているか(いわゆる生物学的要素)を見て頂きたい.診断を確定し,法律家にどのような助言をしているか(心理学的要素)も見届けてほしい.初心者も判決理由書を読むべきである.大雑把でもよいから,裁判官が鑑定意見をどのように評価し,取捨選択しているかの見当をつけるのである.
 第二に中級者には,民事鑑定に対する関心を更に深め,そこにある矛盾や欠陥を明らかにする力を身につける.すなわち,中級者は鑑定書を精読するだけでなく,判決理由書も精読しなければならない.裁判官は専門家(精神鑑定人)の事実認定を認容したとしても,これに基づいて判決を下すことはできず,あくまで裁判官自身の事実認定に基づいていなければならない.裁判官がどのような証拠評価をし,事実認定に当ってどのように鑑定意見を取捨選択しているか,その理解は適確であるか(すなわち裁判官の精神医学を学習する能力)を精査するのである.これには本書に収録した東京高等裁判所の判決理由書(Ⅱ)と大阪高等裁判所の判決理由書(Ⅲ)との,それぞれの出来具合を比較してみることが大いに役立つであろう.また,中級者は裁判官のみならず,公正証書をめぐって活躍する弁護士や公証人の行動にも注目しなければならない.一部の受益者の主張を弁護士が聴取し,そのメモ(ノート)を公証人に渡すと,口授の要件も何のその,これを基に遺言公正証書を作成する公証人がいるのである.鑑定人は公証制度の実務の欠陥を明らかにすべきである.
 最後に上級者には,不完全・不十分な本書を批判することを通じて,日本の鑑定学の水準を高め,民事精神鑑定に関する研究論文を発表する動機を高めることを望みたい.
 新興医学出版社 社長林峰子氏には何年か前,同社記念の大風呂敷を贈られたことがある.その思い切った大きさとなぜか葛飾北斎の絵を連想させ,さまざまに空想を馳せさせる図柄が気に入って,今も著者の書斎の壁に貼っている.大風呂敷はおそらく,このような書物を出版する峰子氏の度胸と包容力の象徴である.末筆ながら,氏に感謝しつつ,読者と本書の縁が広がるのを願っている.
2015年水無月 西山 詮

おもな目次▼

Ⅰ 展望的鑑定と回顧的鑑定―事実の歴史学的証明と法律実務家の機能―
鑑定書と判決書を読むに当たって
A. 事例の概要
B. 亡米田三吉 精神状態鑑定書
 1. 鑑定事項
 2. 親族関係等
 3. 三吉の病歴
 4. 考察と説明
 5. 鑑定主文
C. 判決
 1. 主文
 2. 事実及び理由
D. 事例Ⅰの考察
 1. 判決理由の概要
 2. 過去の精神能力の鑑定
 3. 展望的鑑定と回顧的鑑定
 4. 法律実務家の遺言能力の認識および診察のない精神鑑定

Ⅱ 鑑定人もする判決批判―被告が“事実認定”した症状 公証人の認否問が作る遺言―
適正な事実認定のために
A. 事例の概要
B. 一審判決
C. 亡板垣孝司 精神状態鑑定書
 1. 鑑定事項 
 2. 当事者の家族関係等
 3. 本人歴(現病歴)
 4. 説明と考察
 5. 鑑定主文
D. 亡板垣孝司 鑑定書補充書
E. 二審判決
F. 事例Ⅱの考察
 1. 裁判の過程
 2. 認知症と意識障害
 3. 公証人の役割

Ⅲ 鑑定人の行う歴史的証明―鑑定人ではなく鑑定意見を評価―公証人の役割と現状―
事実認定の究極へ
A. 事例の概要
B. 亡桐野貞夫 精神状態鑑定書
 1. 鑑定事項
 2. 家族関係
 3. 本人歴(病歴)
 4. 説明と考察
 5. 鑑定主文
C. 鑑定に関する補足説明
D. 一審判決《養子縁組》
E. 一審判決《遺言》
F. 亡桐野貞夫の精神状態に関する補充鑑定
 1. 鑑定事項
 2. アンモニア数値と肝性脳症との関係
 3. 鑑定人の見た桐野貞夫の病状経過
 4. 意識障害と精神医学
G. 鑑定主文
H. 二審判決《養子縁組》
I. 二審判決《遺言》
J. 事例Ⅲの考察
 1. 鑑定人と裁判官の事実認定
 2. 鑑定人と裁判官の事実認定を巡る切磋琢磨
 3. 公証人の役割と現実

索 引