【改訂版】医療従事者のための災害対応アプローチガイド
佐々木 勝(東京都立広尾病院 院長):著  
2015年発行 B5判 180頁
定価(本体価格4,500円+税)
ISBN9784880027562

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内容の説明▼

救急医療と災害医療の基本的概念の違いとは何か。災害発生時、医療職はいかにして救急医療から災害医療へと対応を切り替えるべきなのか。本書は、この「救急医療から災害医療への理念の転換」を軸に、災害医療対応活動の基礎から応用までをかわりやすく、簡潔にまとめている。改訂版では、実践書としてより使いやすいよう、「時系列対応」と「職種別対応」の2つのカテゴリーに章分けし、さらに災害用語集と略語表を付け加えた新しい構成となっている。

(改訂の序より)

 初版本を出版した翌年の2011年3月11日に東日本大震災を経験した.この震災は,従来の直下型地震想定の他にプレート境界型を加えた想定,直接被害と連鎖的被害,対応の複線化・多重化など新たな課題を提示したと考えられる.
 大震災後に専門家は口を揃えて,「想定外の出来事」と決まり言葉を述べるが,一回想定してしまえば想定内であろうし,想定が誤っていたという議論にはなりにくい.予防の限界を示しているとも言えるが,「想定内」という言葉の本質が問われる時代でもある.たとえ,「想定外」と言えども,震災で被害を受ける住民がいる限り,その住民をいかに守るかは平常時から考慮すべきである.すなわち,広義のリスク分析には,ハザード分析と狭義のリスク分析が含まれ,前者は従来の「安全」意識に基づく「防災意識」,後者は「安心」意識に基づく「減災意識」である.この両者に対応してこそ,災害対応が円滑に行われる.
 災害対応全体の中で占める医療の割合は少ないが,大事な使命を担っており,被災者に安心感を与える象徴的存在とも言える.その視点から,確かに災害をめぐる環境は関係者の努力により漸次改善されてきた.特に,医療的な側面では,2004年8月から活動を開始した東京DMATをかわきりに,その後の日本DMATの活動展開へ繋がる一連の災害医療対応特別チームの編成は災害医療対応活動の大きな前進であり,今回の震災では実践活動の大きな役割を担ったと考えられる.
 災害活動は点,面,層の対応が必要とされる.主に災害現場に出場するDMATによる点の活動,医療救護所で救護班が展開する面の活動,医療職の活動を下支えするボランティアの層の活動の3者が協力し合ってこそ,最大限の災害対応能力を持つ.戦場において精鋭部隊だけでは戦いに勝てず,一般部隊,市民部隊があってこそ,戦いに勝てる状況と全く同じである.
 「一人でも多くの命を救う」という言葉が災害時の医療において掲げられる機会が多い.この言葉の意味が救急医療と災害医療では異なっていることを認識することが重要である.救急医療では,「救えるはずの命を救う,すなわち,防ぎ得た死亡(preventable death)を減らす」を示唆することは周知である.一方,災害医療では,究極には「救える命を救う,すなわち,救える命しか救えない」を念頭において活動せざるを得ない.傷病者数と医療資源の均衡関係が刻々と変化していく災害時には,この「一人でも多くの命を救う」という概念を救急医療から災害医療に転じて行くことが,医療職,特に,医療職幹部には求められる.
 災害時には,「命の選択」をせざるを得ない場面に遭遇することがあり,その際には当然のことながら,生命倫理が問題になる.生命倫理の,善行(beneficence),非悪行(non-maleficence),自主性尊重(respect for autonomy),正当性(justice)の4原則に照らし合わせた場合に,「医療資源に軸足をおいた命の選択」は生命倫理に反する行為とも考えられる.外科医がよかれと思って手術をしても,短期的な不快感や合併症で患者を害することがあるように,生命倫理は必ずしも絶対的なものではなく,状況により採用性や優先性が変わるし,時に互いが衝突することも少なくない.医療需要に従って治療を受けている災害時の犠牲者では,治療行為は平等(equally)よりも公正(または公平,equitably)に分配されていることが必要で,さらに常に説明責任(accountability)は不可避である.
 2025年に向かい,医療改革が進行中であり,2014年度から病床機能報告制度が始まり,地域医療の中での各病院の機能が絞られて行く.大病院には,より一層医療資源必要度が高い患者が集中し,その結果surge capacityの低下は回避困難である.多くの災害拠点病院は,その地域の大病院であることを考えると,有事の際のsurge capacityを憂慮することは至極当然のことである.さらに,阪神・淡路大震災以降,自助・互助が謳われてきたが,東京でさえ,いや,東京だから,65歳以上の高齢者同士世帯が半数を超え,2025年には3人もしくは4人に1人が65歳以上となる時代に,本当に自助・互助が成り立つのであろうか.傷病者予測数は予測できても,傷病者来院予測数は老齢化による自助・互助救出や自力搬送などの能力低下から予測値よりも少ない可能性が示唆される.そのような時代にこそ,大病院集中型ではなく,地域医療の中心として普段から活躍している開業医の先生方を診療施設周辺の住民のために健康管理を行う最小単位として,災害時の活用が強調されればならない.
 初版同様,専門家のための書ではないため,読みやすく,かつ,わかりやすくするため,可能な限り図表化し,文章は簡略化している.本書は絶対的なものではなく,一つの災害対応の羅針盤と考えており,必要に応じて項目読みするような,簡便な座右の書として活用していただければ幸いである.

2014年12月
東京都立広尾病院 院長
佐々木 勝

おもな目次▼

第1章 災害用語
1 災害用語の定義  
2 災害医療用語  
第2章 災害対応のパラダイム
1 災害医療とは  
2 準備  
3 指揮命令系統  
4 評価  
5 情報伝達  
6-1 トリアージ ─概念と種類─  
6-2 トリアージ ─使用の実際と課題─  
7 救出  
8-1 治療 ─災害時の医療活動─  
8-2 治療 ─現場のPS─  
8-3 治療 ─各種損傷・疾患への対応─  
8-4 治療 ─マスギャザリング医療─  
9 搬送  
10 撤収  
11 回復 ─災害時の精神的ケア─  
第3章 災害対応チームの体制と役割
1 災害時のロジスティックスの役割  
2 災害時のDMATの役割 ─東京DMATを中心に─  
3 災害時の看護師の役割  
4 災害時の救急隊・救急救命士の役割  
5 災害時の薬剤師の役割  
付録
Column