なぜ子どもは自殺するのか
その実態とエビデンスに基づく予防戦略

 傳田健三(北海道大学大学院保健科学研究院生活機能学分野 教授):著

2018年発行 B5判 120頁
定価(本体価格3,300円+税)
9784880027715

内容の説明

 世界で最も子どもが自殺する日本。今、何ができるかを考えます。
日本は世界で最も子どもが自殺しているといわれています。なぜ、子どもが死を選ばざるを得ないのでしょうか。実態を詳細に検討し、子どもたちが自分らしく生きるためにできることを考えました。自殺リスクのある子どものスクリーニングと介入プログラム、学校における自殺予防プログラム、再企図防止のケース・マネージメント介入プログラムは必読です。付録に児童・青年期のうつ病の治療ガイドラインも収載しました。子ども・若者に向き合う医療従事者、地域の支援者、学校関係者、ご家族に知ってもらいたいすべてを凝縮した1冊。

はじめに

 子ども・若者の心の問題にかかわる者は,子どもたちがその人らしく成長し,生きていくことを支援しています。その役割は,医療的,保健的,教育的,福祉的立場などさまざまですが,子どもたちが自分らしく生きていくことを願う思いは同じです。
 一方,自殺はすべてを終わらせる行為であり,私たちが目指すところと最も対極にある行為であると言えます。その意味で私たちには,少なくとも子どもたちが自ら死を選ぶことを何とか食い止めることが至上命題として与えられていると言えます。
 ところが,「わが国は世界で最も子ども・若者が自殺する国である」という実態はほとんど認識されていないのではないでしょうか。わが国では,1998年より自殺者数が毎年30,000人を超えるという異常事態が続いていました。2012年の自殺者数は15年ぶりに30,000人を下回り,2016年の自殺者数は21,897人まで減少しました。
 しかし,その実態を年代別にみると,中高年の自殺者は2005年頃を境に減少傾向に向かっていますが,若い世代の自殺者は横ばいで推移しています。近年,急激な少子化により子ども・若者の人口は40年前の約半分になっていることを考えると,子ども・若者の自殺死亡率は増加していると考えられます。
 2015年のわが国の10〜19歳の自殺者は554人で,自殺者総数の2.3%を占めるにすぎません。しかし,この年代の死亡者総数の約半数を占めているのです。先進7ヵ国の若い世代(15〜34歳)の死因をみると,ほかの国々の死因の1位は事故死ですが,わが国のみが自殺です。また,ほかの先進国の若者の自殺率は減少傾向にありますが,わが国は増加し続けており,世界で最も高い値なのです。
 このように,わが国における若い世代の自殺はきわめて深刻な状況にあると言えます。少子化傾向には拍車がかかり,かつ人生が始まったばかりの貴重な将来ある若い世代の自殺率が増えているのです。本来なら成長して自分の人生を生きていくはずの子どもが,自ら死を選ばなくてはならないことは,何とも痛ましく悲しいことであり,わが国にとっても多大な損失と言わざるをえません。
 以上のような背景から,わが国の子ども・若者の自殺の実態と予防対策を論じてみたいと考えました。本書では,子どもの自殺の実態,自殺の心理,自殺企図者への対応,心の病と自殺との関係,および自殺予防に関するエビデンスについて論じ,最後に子どもの自殺予防においていま私たちにできることは何かについて述べました。また,巻末に付録として,「児童・青年期のうつ病に対する治療ガイドライン」を載せました。ここには私なりに,死にたいと思い,自殺を企図する子どもや若者と向き合う医療従事者,地域の支援者,学校関係者,そしてご家族に知っておいてもらいたいと考えていることが,すべて詰め込まれています。
 本書が子ども・若者の自殺予防にいくらかでも寄与し,援助活動をしている多くの方々の一助となることを心より祈念しています。

2018年2月

北海道大学大学院保健科学研究院
傳田健三

あとがき

 私が自己記入式うつ病評価尺度を用いて北海道の3都市(札幌市,千歳市,岩見沢市)で,3,331人の児童・生徒を対象として「子どものうつ病」の実態調査を行ったのが2003年のことでした。当時は教育委員会に調査の協力をお願いしても,けんもほろろの対応を受けて,たいそう落ち込んだ記憶を鮮明に覚えています。
 しかし,その研究がきっかけとなって,2007年には精神科医が実際に千歳市の小・中学校に入って,738人の児童・生徒に対して構造化面接によるうつ病の疫学調査を行うことができました。そして2011年には,北海道教育委員会から,北海道の小・中・高校生のうつ状態,躁状態,自閉傾向に関する実態調査を行ってほしいという依頼を受けました。さらに2016年には,同じく北海道教育委員会から5年後の再調査と前回調査との比較をしてほしいという依頼があり,2016年12月,その報告書を提出しました。その結果は本書の第6章にまとめましたが,この14年間の教育委員会の対応の変化に隔世の感を禁じえません。
 2016年の調査報告書を提出後,小・中・高校の校長先生,PTAの代表者および教育委員会の方々を前に報告書の説明を行いました。その席で,参加者一同,子どものうつ傾向や自殺念慮の高さに驚くとともに,自殺予防対策,援助希求能力や自己効力感を向上する方策(とくに本書にも紹介したSOSプログラムやACTプログラム)などについて真剣に議論が行われました。
 このように,実際の地域,学校,家庭においては切実な問題を抱えており,子どもたちが自ら死を選ぶことを何とか食い止めたいという機運とモチベーションを感じ,とても心強く思った次第です。ただし,実際に自殺予防対策を行うとなると,医療,保健,教育,福祉および行政が一体となって,相当な覚悟をもって取り組んでいかなければならないということを改めて痛感した次第です。
 ただし,自殺予防対策は決して一部の人たちの努力だけで成し遂げられるものではありません。国を挙げての本腰を入れた子ども・若者に対する自殺予防対策が不可欠であると考えられます。これまでわが国では,子ども・若者だけが自殺予防対策の対象の外に置かれていました。子ども・若者を大切にしない国の行く末を想像すると暗澹たる気持ちに襲われます。是非,国家的な子ども・若者に対する総合的な自殺予防対策が早急に行われることを切に願うものです。
 最後に,本書が脱稿にこぎつけるまで辛抱強く支えていただいた新興医学出版社の林峰子さん,編集を担当していただいた高野久理子さんに深謝いたします。また,これまで治療に携わらせていただいた多くの子どもたちとそのご家族の方々に心より感謝申し上げます。

2018年2月

傳田健三

おもな目次

第1章 子どもの自殺の実態
 Ⅰ.わが国の自殺の実態
  1.自殺者数の推移
  2.戦後の自殺者数の長期的推移
  3.自殺者数の超長期的推移
  4.自殺死亡率の年次推移
  5.年齢別自殺者数の年次推移
  6.年齢別自殺死亡率の年次推移
  7.年齢別にみた死因
  8.原因・動機別の自殺者数の推移
 Ⅱ.世界の自殺の実態
  1.世界の自殺
  2.世界と地域の自殺死亡数
  3.WHOメンタルヘルスアクションプラン2013─2020
 Ⅲ.わが国における子ども・若者の自殺の実態
  1.わが国の子ども・若者における高い自殺率
  2.原因・動機別自殺者数
  3.自殺の手段,場所

第2章 自殺の危険因子
 Ⅰ.自殺の危険因子とは
  1.自殺企図歴
  2.精神障害の既往
  3.サポートの不足
  4.性別,年齢,性格
  5.喪失体験,他者の死の影響
  6.事故傾性
  7.児童虐待
 Ⅱ.児童・青年期症例における心理学的剖検
  1.フィンランドの研究
  2.アメリカの研究
  3.ノルウェーの研究
  4.まとめ

第3章 子どもの自殺の心理
 Ⅰ.人はなぜ自殺するのか
  1.自殺に認められる共通の心理的特徴
  2.自殺の対人関係理論
 Ⅱ.自殺念慮に気づくには
  1.自殺のリスクアセスメント
  2.自殺念慮に気づく
  3.「自殺したい」と打ち明けられたら

第4章 自殺企図者への対応
 Ⅰ.自殺企図者との面接
  1.自殺企図者は望まない状況でそこにいる
  2.「死にたい」と打ち明けることは容易ではないことを理解する
  3.自殺企図直後は介入の絶好の機会である
  4.この人には話してもよいのだと思わせる
  5.治療者のネガティブな感情に注意する
 Ⅱ.自殺の危険度のアセスメント
  1.自殺の危険度の評価
  2.自殺と自傷の鑑別
  3.自殺の動機と背景要因
  4.社会生活環境の評価
  5.社会資源との調整
 Ⅲ.自殺イベントの時系列アセスメント(CASEアプローチ)
  1.情報領域1:現在の自殺イベントと行動を探る
  2.情報領域2:最近の自殺のイベントを探る
  3.情報領域3:遠い過去のイベントを探る
  4.情報領域4:切迫したイベントを探る

第5章 子どもの心の病と自殺
 Ⅰ.疾患別の自殺の危険性
  1.気分障害
  2.統合失調症
  3.境界性パーソナリティ障害
  4.発達障害
 Ⅱ.子どもの心の病と自殺に関する近年の研究
  1.Sheftallらによる米国の児童・青年期自殺者データの解析
  2.Bridgeらによる若者の自殺に関するレビュー

第6章 子どもの精神症状および自殺意識に関する調査
 Ⅰ.子どもの抑うつ症状,躁症状,自閉傾向,自己効力感に関する実態調査2016
  1.調査の概要
  2.2016年度調査結果
  3.2011年度の調査結果との比較
 Ⅱ.自殺意識調査2016
  1.調査の概要
  2.調査結果:10のファクト
  3.自殺対策の方向性への提言
  4.自殺意識調査のまとめ

第7章 自殺予防の実際:エビデンスのある自殺予防戦略とは
 Ⅰ.Mannらによるレビュー(1966~2005年)
  1.自殺の気づきと教育:Awareness and Education
  2.高リスク者のスクリーニング
  3.精神疾患への治療的介入
  4.致死的な自殺手段へのアクセス制限
  5.メディア戦略
  6.まとめ
 Ⅱ.Zalsmanらによるレビュー(2005~2014年)
  1.自殺の気づきと教育:Awareness and Education
  2.スクリーニング
  3.治療的介入
  4.致死的な手段へのアクセス制限
  5.メディア戦略
  6.電話およびインターネット介入
  7.自殺予防の併用戦略
  8.まとめ

第8章 子どもの自殺予防において私たちにできること
 Ⅰ.スクリーニングと介入プログラム
  1.スクリーニングと介入の有効性と問題点
  2.2016年度 児童生徒の心の健康に関する調査
  3.千歳市における自殺予防対策
  4.被災地の高校生に対するスクリーニングと介入
 Ⅱ.学校における自殺予防プログラム
  1.SOSプログラム
  2.ACTプログラム
  3.わが国における自殺予防教育の実施可能性
 Ⅲ.自殺企図者に対する再企図防止のためのケース・マネージメント介入プログラム
  1.ACTION─Jの概略
  2.ACTION─Jの成果
  3.子ども・若者に対するケース・マネージメントの可能性
  4.今後の課題
 Ⅳ.児童・青年期のうつ病の治療ガイドライン

付録 児童・青年期のうつ病に対する治療ガイドライン

はじめに
 Ⅰ.児童・青年期のうつ病の基本的特徴
  1.発症年齢,有病率
  2.臨床像と分類
  3.児童・青年期うつ病の診断
 Ⅱ.推奨される治療
  1.治療の概観
   CQ1:すべての治療ステージに行う基本的な介入は何か
  2.治療計画
   CQ2:児童・青年期うつ病に対する初期の評価とマネージメントは何か
   CQ3:英米のガイドラインではどのような治療法が推奨されているか
   CQ4:重症度に応じた初期の治療的アプローチは何か
  3.精神療法と薬物療法
   CQ5:児童・青年期うつ病に対する有効な精神療法は何か
   CQ6:児童・青年期うつ病に対する有効な薬物療法は何か
  4.わが国で推奨される児童・青年期うつ病に対する治療法とは何か
   CQ7:わが国で推奨される児童・青年期うつ病に対する治療法とは何か

まとめ

索引