いつ災害に巻き込まれてもおかしくない現代で、本当に役立つ「病院BCP」とは?
救急・災害医療のスペシャリストであり、都立病院院長も経験した著者だからこそ伝えられるBCP/BCMのポイントが満載。
殺到する傷病者に不足する医療資源という困難な状況でも、地域・住民の支えとなる医療機関であり続ける方法がここにある。
序 文
いつ来るかわからないが必ずやってくる地震などの災害への備えを万全にするために、救命活動の最前線において総力戦で戦う病院は危機管理手法であるbusiness continuity plan(BCP:事業継続計画)策定を図っている。しかし、その策定率は内閣府防災担当が行った特定分野における事業継続計画に関する実態調査(2013年)によれば他業種に比較して低い現状があり、このBCP策定のお寒い現状とは裏腹に、2016年4月に熊本地震、2018年9月には北海道胆振東部地震が起こり、「災害は忘れた頃にやってくる」ではなく「災害は忘れられないためにやってくる」という様相を呈してきた昨今である。人命救助・資産保全を目的とした災害対応マニュアルだけではなく、診療継続を目的とするBCPの策定は喫緊の課題であり、BCPに基づいたBCMを実践することが災害対応の要と言える。
2017年度、厚生労働省は災害拠点病院の指定要件にBCP策定と訓練研修を2019年3月までに達成することに加え、かつ災害拠点病院向けにBCP策定研修事業を2017年度に開始し2018年度も実施した。前述の実態調査には策定率の低い理由としてスキル・ノウハウがない、人材が確保できない、情報が不足している、などが挙げられているが、管理者の意識が低いと指摘する者もいる。しかし、著者の経験から得た大きな理由は一般企業と異なり発災直後から100%以上の働きが必要とされることへの対応の検討不足であった。インパクトの結果として起こる資源不足条件下に、いかに多数の傷病者対応を行うか、すなわち、surge capacityの視点が欠けていた。
災害時の病院の対応には平常時とは異なる業務内容をインフラなどに被災を受け平常時とは異なる状況・体制下で実施することが期待されている。発災直後に本来は低下してしまうはずの診療能力にもかかわらず、医療需要が増大し平常時に勝る大波のように来院する多数の傷病者の診療を行う必要性に立たされる。熊本地震の際の災害拠点病院(490床)には前震後18時間に405名、本震後12時間に528名が受診していた。この著しい数の傷病者に対する診療能力をsurge capacityと呼び、このことが発災直後には需要が低下する一般企業のBCPと異なる点であり、医師、しかも管理職の積極的な関与がなければ病院のBCP/BCMは困難である。
2018年9月6日の北海道胆振東部地震においても、各マスコミに改めてBCP策定の強化の必要性が謳われていた。BCP/BCMは災害大国日本では喫緊の課題と考えられる。しかしながら、BCPと言いながら主な論点は災害時にも不足しないように資源を準備しようというBIAからの視点がほとんどであった。当然費用対効果の妥協もあろうが、今までの知見や研究からどんな準備をしても災害時には病院も多かれ少なかれ損害を受ける。病院が損害を受けた結果としてその状況下、それでもなお傷病者対応能力をどうやって向上していくのか、というsurge capacityの視点にもっと目を向けるべきであることが病院BCPの大きな特徴である。
Surge capacityは刻一刻と変化する資源(BIAに基づくプロファイリング)に依存するため、これを向上させるにはBCPに基づく訓練の繰り返しによる傷病者診療のボトルネックを解消することである。BCP/BCMの訓練は、戦略としてのBCP/BCMに則った戦術としての具体的行動(アクションカードに則った行動)の訓練が重要であり、従って、指揮命令系統(本部機能)の充実拡充、優先業務の選定、想定外の想定への対応力向上、を目的として行うことが望まれている。本書はこれらについて具体的に紹介する。
2019年5月
佐々木 勝