集団の精神病理 
柏瀬 宏隆 編著

2008年発行 A5判 124頁
定価(本体価格2,300円+税)
ISBN9784880028002

その他執筆者など▼
執筆者: 柏瀬宏隆、清水光恵、高橋祥友、玄 東和、張 賢徳、西田公昭、斎藤 環、高橋隆夫、佐藤 寛
内容の説明▼
(編者序文より抜粋、一部改変)

心理学や社会学の分野においては、集団の心理や群集心理を取り扱った書籍はある。グループダイナミックス、個人と集団、パニック、うわさ、デマ、などに関する物である。しかしながら、精神医学の分野においては、もっぱら個人の精神病理が取り上げられてきた。集団の精神病理についてまとまって取り上げた書籍は、見あたらないようである。
現代でも「集団の狂気」とも言うべき病態がマスコミを賑わせている。一人では不可能な、集団の力学によって初めて可能となるような、「狂気」であり「異常行動」である。
本書は、そのような集団の精神病理を精神医学的にまとめたものである。
以下に本書の概略をまとめる。

編者のものは、既論文に最近10年間の研究の特長を追加し書き改めたもので、感応精神病についての概説であり入門編である。以前の特徴(憑依感応型が中心)と最近の10年間の特徴(妄想感応型が中心)とを比較して読んでいただければ幸いである。

清水光恵氏は、感応精神病の研究について、古今東西の文献を紹介、文化的かつ時代的考察も加えている。日本における変化として、「戦前は憑依状態が多く、戦後は時代が下がるにつれ被害妄想が中心になる」点を、実証的に確認した。

高橋祥友氏は、フィクションが誘発した群発自殺の例(近松門左衛門と心中世話物、ゲーテとウェルテル効果)や、実際の自殺が引き起こした群発自殺の例(アイドル歌手の自殺、ウィーンの地下鉄の自殺)を、たいへん興味深く述べており、群発自殺の予防のためのマスメディアに対する自殺報道のあり方も提言している。

玄 東和、張 賢徳の両氏による「ネット心中」では、はじめに現代のインターネット社会に至るまでの青年期の特徴を歴史的に触れ、次いでインターネット社会におけるコミュニケーション様式・集団心理や自殺関連サイトの問題点、ネット心中における呼びかけ人と追随者の特徴を述べ、そして終わりにネット心中への予防策が具体的に提案されている。集団の精神病理と関連して、インターネット社会の闇の部分を照射している。

西田公昭氏は、社会学者である。氏はオウム真理教事件や統一協会をめぐる裁判に実際に関与されただけ会って、カルト集団とマインド・コントロールの恐るべき実態を暴き出している。破壊的カルトは宗教集団を装う点、マインド・コントロールの本質はビリーフ・システムの大幅な変容とその強化にある点、そしてその実例としてのオウム真理教の教義を明らかにし、カルトに囚われると様々なな心理状態(無力感、自己愛と信じない人への冷笑観、疲労感と切迫感、共感)の中に置かれ、カルト信者は4つの自己封鎖システムに閉じこめられる。マインド・コントロールの6手順が生々しく記載され、マインド・コントロールが解けたあとの脱会者の心理的苦悩も明らかにしている。

斎藤 環氏は、いじめの集団力動を論じ、内藤朝雄のIPS理論を説明している。学校や教室は「中間集団全体主義」社会の1つであり、いじめタイプのIPS(心理過程と社会過程とが相互に誘導しあうグループ)を賦活するという。斎藤氏は最近の若者を「ひきこもり系」と「自分探し系」の2モードに分け、「ひきこもり系」はコミュニケーションは苦手であるが比較的安定した自己イメージを持ち、「自分探し系」はコミュニカティブであるが自己イメージは不安定である。「自分探し系」がスクールカースト(学校カースト)の上位を占めることになる。最後のいじめの対応策について触れている。

高橋隆夫氏は、集団ヒステリーを取り上げている。自験報告例の「紡績工場の女子工員の2事例」を呈示して再考察を行い、集団ヒステリーの発症機序としてそれぞれ「慰安旅行の帰途のバスの中」という状況と「入院」という状況とに着目し、「関係反応タイプ」と「驚愕反応タイプ」とを重要視する。そして、わが国の既存の報告例においては、「思春期年代女性の同一化欲求の昂まり」(西田博文)や「対人的葛藤」に注目している。

佐藤 寛氏の論文は、本書の中ではいささか異色であって、フロイト理論に基づく論考である。集団としては宗教(特にキリスト教)と軍隊とに触れ、フロイト理論の基本概念の解説を交えながら、所論を展開している。フロイト理論を縦横に駆使しており、本書全体を理論的に根底から支えてくれるものとなっている。
おもな目次▼


第1章 感応精神病
I.序論
1.概念
2.病因
3.治療
II.わが国における最近10年間の研究
1.感応精神病についての症例報告
2.感応精神病についての解説、研究
3.初発から約30年の経過を観察している感応精神病の母娘例(自験例)
4.まとめ
III.総説
1.欧米諸国の文献の展望
2.日本の文献の展望
3.1940-2005年の日本における感応精神病の特徴の変化

第2章 群発自殺
I.群発自殺とは
II.フィクションが誘発した群発自殺
1.近松門左衛門と心中世話物
2.ゲーテとウェルテル効果
III.実際の自殺が引き起こした群発自殺
1.アイドル歌手の自殺とその後に生じた群発自殺
IV.マスメディア報道と群発自殺
1.ウィーンの地下鉄の自殺と報道ガイドライン
V.報道のあり方

第3章 ネット心中
I.ネット心中とは
II.現代における青年期の特徴
III.インターネットの普及
IV.インターネットにおけるコミュニケーション様式
1.印象形成
2.匿名性による脱抑制
3.自己防衛性
V.インターネットにおける集団心理
1.集団成極化
2.インターネットにおける集団の特性
VI.自殺関連サイトにアクセスする人たち:精神医学的考察
1.呼びかけ人に見られる精神障害
2.追随者に見られる精神障害
VII.自殺関連サイトが自殺を促進する要素
1.インターネットでは自殺をしようとする考えが肯定される
2.インターネットでは自殺の情報や手段を得やすい
3.インターネットでは自殺仲間を簡単に獲得できる
VIII.ネット心中の予防策
1.精神科診療でネット心中を扱う
2.不安定なアイデンティティを支える
3.メディアリテラシー教育を充実させる
4.集団成極化を意識させる
5.自殺予防に関するサイトを増やす

第4章 宗教と集団の病理
I.宗教カルトとマインド・コントロール
II.マインド・コントロール
1.操作されるビリーフ・システム
2.カルトの自己とビリーフ・システム
3.カルトのアイデンティティ
4.自己を封鎖するマインド・コントロールのシステム
III.自己を変容させる心理操作の手法
1.洗脳とマインド・コントロール
2.マインド・コントロールの手順
IV.マインド・コントロールによる自己封鎖が解かれるとき
1.自己封鎖が解かれる状況
2.破壊的カルト脱会後の心理的苦悩

第5章 いじめの集団病理
I.いじめの集団力動
II.内藤朝雄によるIPS理論
III.「スクールカースト」とは何か
IV.「コミュニケーション格差」の問題
V.「キャラ」とは何か
VI.病理への対応策

第6章 集団ヒステリーについて
I.紡績工場
1.紡績工場、その1
2.紡績工場、その2
II.自験例に関する考察
III.従来の報告例について
IV.最近の報告例について

第7章 集団心理と個人心理
1.集団の心
2.愛が集団を作る
3.キリスト教における愛
4.個人的な愛のもたらす苦悩
5.ヤマアラシのジレンマ
6.恋着──惚れ込むこと
7.同一化
8.軍隊における愛
9.攻撃性の問題
10.生の欲動と死の欲動
11.キリスト教における罪の意識
12.個人の歴史と人類の歴史
13.家族という集団
14.古代における家族──原始群族
15.自我、エス、超自我
16.原父の殺害という事件
17.まとめ