悪性症候群とその周辺疾患 
西嶋 康一 著

2010年発行 A5判 134頁
定価(本体価格2,800円+税)
ISBN9784880028064

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内容の説明▼
(序文より抜粋)

悪性症候群(neuroleptic malignant syndrome)は、フランスのDelayにより「最も重篤な、しかし最もまれで知られていない抗精神病薬の副作用」として報告された。その報告から50年近く経過して、現在の悪性症候群を取り巻く状況はどうなっているであろうか。明らかに変わったのは、「最も知られたいない」という点であろう。医学部の精神科の講義では、悪性症候群は必ず教えられており、研修医でその概念を知らない者はいないと思われる。死亡率に関しては10%を切るようになり、われわれ精神科医においては、悪性症候群に遭遇しても以前ほどの重篤感、治療に向き合う時の抵抗感は持たなくなっている。しかし、抗精神病薬のさまざまな副作用のなかでは重篤な副作用であることに変わりはない。「最もまれ」という点に関しては、1980年を経過した頃から世界的に悪性症候群に関する症例報告、総説などがさまざまな医学雑誌に掲載され2000年以降その報告数は下降しているが、Medlineや中央医学誌のサイトを見ると今もなおその症例が報告されている。最近は、新しい抗精神病薬による発症例、非典型的な症状を示した例、精神科以外の領域で発症した例などの報告が多い。雑誌に掲載された症例だけでなく、内外のいろんな学会で報告されたものまで含めると、最初の報告例から現在までどれぐらいの報告例が発表されたかわからないくらいの数が報告されている。その意味で、悪性症候群は「発症のまれな病態」という観は受けないが、本文で述べるように発生率は抗精神病薬服用患者の0.02%とも0.2%ともいわれており、抗精神病薬によって発症する錐体外路症状に比較すれば明らかにまれな病態といえる。事実、精神科の最初の悪性症候群の症例に遭遇してから悪性症候群と断定できる症例は直接的、間接的に40例近く経験している。この経験から、悪性症候群といってもさまざまな経過、症状を示すものがあることを実感している。また、悪性症候群に症状が類似していてその後の経過や検査結果からそうでなかった例も多く経験してきた。これまでに悪性症候群の総説はいろんな雑誌に掲載されている。しかし、すべての疾患がそうであるように、悪性症候群の患者を実際に診察し、治療にあたらないと悪性症候群とはどのようなものかわからないであろう。本書は、悪性症候群を経験していない研修医や精神科医を想定して、著者が経験したさまざまな悪性症候群の症例を具体的に記述した。それによって、普通の総説だけではわからない悪性症候群の実相を感じ取っていただければ幸いである。
本書は、表題のとおり悪性症候群を中心にして記載したが、 最選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)などの抗うつ薬の使用の増加に伴い悪性症候群に症状が類似しているセロトニン症候群が注目されている。また、セロトニン症候群と同様、悪性症候群と症状が類似している病態に悪性緊張病(致死性緊張病)があり、近年その異同が問題となっている。この2疾患と悪性症候群との関連は重要であり、鑑別の項で簡略に記述するのは困難と考え、セロトニン症候群と悪性緊張病は項を改めて記載した。
おもな目次▼
I.悪性症候群
A.悪性症候群の臨床
1.悪性症候群の歴史
2.発現頻度
3.死亡率
4.原因薬剤
  a.ドパミン受容体遮断作用を有する薬剤
  b.その他の薬剤
5.発症危険因子
 1)患者側の要因
 2)投薬方法
 3)環境因
6.性差・年齢
7.悪性症候群の臨床症状 
8.悪性症候群の診断基準
9.悪性症候群の早期発見
10.悪性症候群の評価尺度
11.検査所見
12.特徴的な臨床症状を示した症例
 1)向精神薬の中断を契機に発祥した症例
 2)著明な振戦が認められた症例
 3)血清CK値の上昇が悪性症候群の症状と一致しなかった例
 4)筋強剛が認められなかった症例
 5)不随運動が目立ち神経変性疾患が疑われた症例
13.鑑別診断
 1)悪性高熱症
 2)熱射病
 3)横紋筋融解症
 4)水中毒
 5)有機リン中毒,コリン作動性クリーゼ
 6)膠原病・神経筋疾患
 7)薬物中毒
 8)その他
14.治療
 1)治療の基本
 2)薬物療法
  a.Dantrolene
  b.ドパミン作動薬
  c.その他
 3)電気けいれん療法
15.悪性症候群の後遺症
16.悪性症候群から改善後の抗精神病薬の再投与
17.悪性症候群と麻酔
 1)悪性症候群の既往を有する患者の麻酔
 2)抗精神病薬長期服用患者の麻酔

B.悪性症候群の病態生理仮説
1.骨格筋異常仮説
2.ドパミン受容体遮断仮説
3.ドパミン・セロトニン不均衡仮説
4.細胞内カルシウム異常仮説
5.その他

C.悪性症候群の基礎研究
1 .悪性症候群患者の体液中のモノアミン動態
2 .悪性症候群患者の剖検脳に関する研究
3 .悪性症候群の画像研究
4 .悪性症候群の遺伝子研究
5 .悪性症候群の動物モデル


II.セロトニン症候群
1 .セロトニン症候群の歴史
2.副作用発現頻度
3.死亡率
4.セロトニン症候群を発現させる薬剤
5.発症危険因子
6.臨床症状
7.臨床検査所見
8.セロトニン症候群の診断基準
9.症例提示
 1)典型例
 2) 遷延例
10.悪性症候群との鑑別
11.治療方法
12.セロトニン症候群の後遺症
13.セロトニン症候群の基礎研究
 1)病態生理
 2)セロトニン症候群の動物モデルを用いた薬物治療の探求
14.セロトニン症候群と悪性症候群の関係


III.悪性緊張病
1.悪性緊張病の歴史
2.悪性緊張病の疫学
3.悪性緊張病の臨床症状と悪性症候群との鑑別
4.悪性緊張病の自験例
 1)抗精神病薬の投与されない悪性緊張病
 2)抗精神病薬が投与されているが悪性緊張病と診断せざるを得ない症例
5.悪性緊張病と悪性症候群の病態生理
6.悪性緊張病の治療