電気けいれん療法 医師と患者のためのガイド
Electroconvulsive Therapy:原書
MAX FINK,MD:原著
鈴木一正(仙台市立病院精神科・認知症疾患医療センター長):他訳
2010年発行 A5判 160頁
定価(本体価格3,000円+税)
ISBN 9784880028170

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内容の説明▼

序文:なぜ私はこの本を改訂したのか?
 電気けいれん療法(electroconvulsive therapy:ECT)は重症の精神障害の患者に対する有効で安全な治療法である。しかし,この治療法が危険であると考える人は多く,精神障害が恐れられるようにECTも恐れられている。ECTは"精神医学で最も問題となる治療法"とよく言われる。この問題とは,その有効性や安全性についてではなく(これらはすでにその有用性が証明されている),ECTは脳に損傷を与え人柄や性格を変えてしまうという考えについてである。この間違った考えには多くのルーツがある。それらはECTが導入された当初にみられた痛みと合併症,インスリン昏睡療法やロボトミーという脳に侵襲が強く効果のない治療との混同(これらの2つの治療はECTと同じ時期に開発導入されたが,かなり前より中止されている),精神療法家との間での熾烈な思想上及び経済上の争いである。
 ECTは75年前に医療で使われて以来,大きな変化を遂げた。今日では,骨折が起こることも記憶が失われることもなく,映画で描かれていた恐怖の治療ではなくなっている。酸素化と筋弛緩薬を用いた麻酔法により,ECTはより安全になった。ECTのリスクは向精神薬を多剤併用するより低い。実際,高齢の患者,身体合併症を持つ患者,妊娠中の患者でも,ECTは他の精神科の治療よりも安全である。
 向精神薬と心理社会的支持療法は精神障害の患者への初期治療であるが,治療効果が不十分な場合がよくある。これらの治療では,精神障害をうまく軽快させられない場合も,迅速な効果に欠ける場合も,危険な副作用を引き起こす場合もある。そのような場合には,きっとECTがふさわしい治療となるに違いない。
 主治医がECTを勧めると,家族と患者の決まって尋ねることは「この古い治療法がまだ使われているのですか?」「本当に安全なのですか?」「脳に損傷を与える可能性はありますか?」「記憶障害は起こりますか?」である。通常ECTが推奨される場合は,患者は重症のうつ病が何週間も続き,以前効果がみられていた薬でも改善しなくなって,徐々に悪化している状況である。医師が勧める薬はもうなくなっている場合も多い。
 家族と患者の質問は続く。「ECTが効く見込みは?」「なぜ主治医はECTを始めにしてくれなかったのか?」ときには,「ECTはどのように作用するのか?」という質問もある。この本はそういった質問に答えている。
 10年前,この本の初版をこれらの同じ質問に答えるために書いた。なぜ改訂が必要になったのか。この間,ECTの治療手技は進歩し,リスクは劇的に減少した。加えて,われわれは脳の働きについてより多くの知見を得た。この治療で効果を期待できる患者をよりうまく選ぶこともできるようになった。以前は,あらかじめ決められた回数で治療が施行されていたが,今では,患者を良好な状態に保つには治療を継続する必要であることがわかっている。かつてないほど多くの医師や患者が,自殺の防止や多くの重症精神障害の改善に対するECTの価値を認めるのに抵抗がなくなってきている。
 この本はECTを受けようかどうか悩んでいる人々のために書かれた。ECTとはどのようなものかを説明するために使われるDVDをともに使われるとよい。また,この本は医学生,医師,メンタルヘルス従事者に対して,精神障害の患者の適切な治療を選択し施行する際の手助けになればと思っている。この本が,ECTについてよく聞かれる質問に答える際の指針になればと願っている。その質問とは,ECTとはどんな治療で,誰を対象にし,どんな理由で,どのタイミングで,どのように施行されるのかというものである。
 学会でのECTの報告は多数あるが,ときに矛盾している。すべての医学的専門治療と同じく,ECTはすべての施設で必ずしも同じように施行されてはおらず,この本の記述の一部が他の医師が勧めることと異なっているかもしれない。治療者も研究者もこの治療のすべての点に合意しているわけではないが,この本で書かれていることは,半世紀以上ECTのメカニズムを研究し臨床実践をしてきた一人の医師の経験から選り抜かれたもので,効果的治療のための現在のスタンダードと合致している。ECTについての研究をより知りたいときは,巻末の注や参考文献で挙げられている出版物を調べるとよい。この本に書かれた内容はこれらの業績によって支持されている。
用語の定義
 ECTは1つの技術的な専門分野をなしており,いくつかの特殊な用語で呼ばれている。けいれん療法(convulsive therapy),電気けいれん療法(electroconvulsive therapy),ECT, 電気ショック(electroshock),電気発作治療(electroseizure therapy),ESTはすべてこの治療の呼び名である。数年前より,電気ショックという用語は精神科医の間では使われなくなってきた。一部にはこの治療はショックとは関係ないという理由であるが,より重要な理由はこの用語には電流で痛みが引き起こされるという含みがあるからである。一方,電気けいれん療法(ECT)は,耳障りで恐怖を与える名前であるかもしれないが,広く使用されている用語である。
 実際,電気ショックは正確な用語ではない。1933年にインスリンが初めて統合失調症の治療に使われた際に,患者には手術時に起こるショックの古典的徴候(蒼白,発汗,意識の低下)が現れた。手術時ショックと非常によく似ていたので,その治療はインスリンショック療法と呼ばれた。発作による治療は1年後に紹介され,けいれん療法(convulsion treatment)と呼ばれた。その数年後に,発作を誘発するために電気が使われるようになり,イタリア語のlユelettroshockという呼び名が,初めての英語での報告でelectroshockと翻訳され,それが広まった。電気けいれん療法(electroconvulsive therapy),短縮してECTという用語は,その後につくられ,現在ではこの治療の呼び名としては最も使われている用語となっている。
 電気けいれん療法は脳発作を誘発する治療である。一方,電撃(electric shock)は望ましくない行為を止めさせるために患者に電流を流して痛みを起こす心理学的治療であり,全く異なるものである。かつては,ECTが精神遅滞の患者の引っ掻き,頭の叩きつけ,絶叫などの自傷行為を止めさせるために使われていた。嫌悪条件づけ(aversive conditioning)のために電撃を使用するのは実質上中止され,これをECTと混同すべきではない。現在,嫌悪条件づけ療法は効果がないとして廃れている。しかし,この方法をまだ使っている"学校"もありしばしば問題になる。
 電気けいれんショック(electroconvulsive shock:ECS)は動物で発作を誘発する実験に使われる用語である。
 ECTがうまくいけば,一連の生化学及び電気的イベントが脳に起こり,身体的にはてんかん発作として観察される。発作は脳活動の同期と運動反応のことで,新生児から出現し,一生を通して保持され,すべての動物にも観察される。発作により動物は一時的に生存の危険に晒さるにも関わらず,発作現象は消えることはなかった。発作は生物にとってその欠点を補って余りある働きがあるのかもしれない。
 けいれん(convulsion)という専門用語は,発作による筋肉の動きを外見的に記載している。現代のECTでは技術的にけいれんは抑制されている。神経科医は強直間代発作(a grand mal convulsion, a grand mal seizure)と言っており,てんかん性けいれん(epileptic fit, epileptic convulsion, fit)という用語もある。
 この本では,適切な治療には必須である脳における電気及び生化学的現象を指すときは,発作を意味するseizure, grand mal, fitという用語をどれでも同じように使った。けいれん(convulsion)という用語は客観的に発作による運動に対してだけ使用した。けいれんは良好な反応を得るために必要なものではなく,骨折のリスクもあるので,現代のECTでは筋弛緩薬を使用しけいれん運動を抑制する。適切な治療では身体は動かない。
 ECTを学んだ精神科医は,電気治療医(electrotherapist, electroshock therapist)と呼ばれることもあるが,ショック医(shock doc)と呼ばれるのは勘弁してもらいたい。
症例について
 これから経験する可能性がある症例として,いく人かの患者の病歴の記載を行った。これらの症例は私がニューヨークのStony Brook大学病院で1980年から1997年までECT部門長をしていたときに経験したものである。毎年約500人の患者が成人病棟に入院し,約50人がECTで治療されていた。さらに,Long Island Jewish Hillside病院で1997年から2005年までECT部門にいたときに経験した症例も含まれている。カタトニア(catatonia)とメランコリア(melancholia)という2冊の本(この2つの症候群はECTにもっとも良く反応する)を書いたときの共著者であるMichael A. Taylor医師(現在,Michigan Medical School大学)から教えられた症例も入っている。患者の名前は仮名に置き換えてあり,プライバシーに配慮し症状も変更を加えた。しかし,治療情報は真実である。患者の仮名と状態像のリストを読者にわかるように下記に提示した。
 ほとんどすべての症例が1999年版と同じであり,他からの症例は登場時に脚注に記した。

Mary,メアリー うつ病性メランコリア
Robert,ロバート 精神病性うつ病(68歳の科学者)
Helen,ヘレン 仮性認知症とカタトニア
Dr. Rosenberg,ローゼンバーグ医師 治療による自殺の危険の回避
Sarah,サラ 急性躁病エピソード
David,デビッド 精神病症状を伴う躁病
Philip,フィリップ せん妄躁病(17歳の思春期患者)
Gerald,ジェラルド 急性カタトニア(20歳男性)
Jeffrey,ジェフリー 悪性カタトニア:神経遮断薬性悪性症候群
Monroe,モンロー パーキンソン症状による筋強剛を呈する患者へのECT
Jefferson,ジェファーソン 急性精神病エピソード(18歳)
Steven,スティーブン 慢性統合失調症
Eric,エリック 中毒性精神病とせん妄(15歳)
Peter,ピーター うつ病(16歳の思春期患者)
Claudia,クラウディア 精神遅滞(23歳)
Donald,ドナルド 自傷行為(14歳)
Quinn,クイン 自閉症スペクトラム障害でのカタトニア(17歳)

 最後に,医療関係者以外の読者がECTの適応を知るためには,われわれのECT部門での経験や医学論文から学ぶことが適切であろう。われわれは以下の病態の患者へのECTが有効で安全であることを報告した(神経遮断薬性悪性症候群,中毒性セロトニン症候群,仮性認知症,せん妄躁病,せん妄,トウレット症候群,カタトニア,メランコリア,統合失調症)。また,以下の身体合併症がある患者でもECTで治療反応性の病態であれば安全にECTが施行できた(重症の貧血,心房細動,頭蓋内病変,精神遅滞)。老年期や思春期の患者へのECTについても詳細な概説が発行されている。
 電気けいれん療法は非常に適応範囲の広い治療法である。この本が,重症精神障害患者へのECTの治療可能性を,読者が理解し認めてくれることへの一助になることを願う。

おもな目次▼
第1章 電気けいれん療法とは何か?
第2章 患者が経験すること
第3章 治療技術
第4章 有害事象と記憶の問題
第5章 うつ病
第6章 躁 病
第7章 運動障害
第8章 ECTのその他の使用:精神病状態,妊娠,てんかん重積
第9章 小児に対するECT
第10章 ECTはどのように作用するか?
第11章 けいれん療法はどのように始まったか
第12章 脳刺激法はECTにかわるものとなるか?
第13章 ECTは倫理的な治療か?
付録1 ECTが効果的であると考えられる診断
付録2 ECTが有効でないと考えられる診断
付録3 ECT同意書の例
付録4 薬品の名前と使用法
参考文献
あとがき
索引