注意と意欲の神経機構
日本高次脳機能障害学会 教育・研修委員会:編
2014年発行 A5判 280頁
定価(本体価格4,200円+税)
ISBN9784880028507

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内容の説明▼

日本高次脳機能障害学会サテライト・セミナープロシーディング企画,待望の第2弾!
『注意』と『意欲』をどのように捉え,そしてその障害にどうアプローチしていけばよいのか。臨床に役立つよう重要な視点を網羅しながら,キーワード解説付きでわかりやすくまとめました。
「Bálint症候群」「脱抑制症候群」「デフォルトモードネットワーク」「アパシー」等,臨床上見逃せない症候,トピックスを取り上げ深く追求した1冊。必携です!

「はじめに」

 フッサール現象学では,精神活動にノエシスとノエマの側面を区別する。ごく単純化していえば,ノエシスとは「考える作用」であり,ノエマは「考える対象」である。失語症などは考える対象を問題にしている側面が強いのに対し,本書で問題にする「注意と意欲」は,まさに「考える作用」の側面であり,いいかえればノエシス的側面に着目した様態である。その神経機構をテーマにしようというのが,第36回日本高次脳機能障害学会に引き続いて行われたサテライトセミナーの眼目であった。とても難しい問題であるが,これをテーマにすることにした一つの大きな契機は,日本高次脳機能障害学会のBrain Function Test委員会において多大なエネルギーを注いで「標準注意検査法」(CAT=Clinical Assessment for Attention)と,「標準意欲評価法」(CAS= Clinical Assessment for Spontaneity)とが完成され,広く一般臨床で使用されるようになってきたことであった。それはそうなのであるが,注意と意欲の病態,さらにその神経機構となると,どこまで何が語れるのか,正直なところ当初は必ずしも確たる見通しがたっていたとはいえないように思う。
 しかしながら,現実には,注意と意欲の臨床は,広汎な領域にわたっていて,これまであまり深く追求されることのなかった多くの興味深い問題をわれわれに呈示していた。そこでまず,どんな臨床像が注意と意欲という切り口から捉えられるかを考えてみた。そもそも「ノエシス」という側面が直截に問題となる領域というと,結局は,ふつうわれわれが「精神症状」といっている病態すべてにかかわってくることになる。しかし,注意と意欲という側面に限定し,かつ,明確な脳損傷に起因する病態に関心領域を設定すれば、扱われるべき症候は,自ずと立ち現われてくることになった。その中でも,従来から論じられてきた症候や,とりわけ最近になって話題にされるようになったいくつかの神経心理学的症候が抽出されてきた。第Ⅱ章でとりあげたいくつかの症候は,その中でも,とりわけ重要で興味深く,臨床的意義の大きなものである。ここでとりあげた症候の周辺に,さらに数多くの無視しがたい病態が存在するが,紙数の都合もあり,ある意味で代表的(representative)な症候に限って論じることになった。
 「Bálint症候群」や「Klüver-Bucy症候群」など従来からよく名の知られた症候もあれば「Action disorganization syndrome」,「脱抑制症候群」など,一見,目新しい,しかし大きく臨床家の注目をひきつつある症候,さらに無視症候群に覆われてややもすれば気づかれずにいる重要な「消去現象」,さらに,うつ状態との鑑別の視点がとりわけ最近重視されている「アパシー」などについて,気鋭の秀逸な著者のご寄稿をうることができた。結果的に,臨床の視点だけからみても,はなはだ魅力ある内容になったように思う。
 加えて,注意と意欲を考える上で是非とも見逃せないのが,「意識」との関係である。最近になって,神経心理学は,積極的に意識について語り始めている。ききなれない「志向性の神経心理学」というのは,意識のそれと大差はない。あくまで仮説の領域であるが,神経機構としては,「デフォルトモードネットワーク」に大きな注目があつまっている。
 そして最後に,本格的な「注意障害と意欲障害のリハビリテーション」論によってしめくくられる。率直なところ,これまで,必ずしも積極的なアプローチが試みられてきたとはいえない領域に対する,きわめて意欲的な論考である。困難ではあったが,まことに意義深いユニークな書が上梓されることになった。
(京都大学名誉教授,周行会湖南病院顧問  大東祥孝)

おもな目次▼

第Ⅰ章 注意・意欲の捉え方
 1.注意の新しい捉え方 (加藤元一郎)                         
 2.意欲の新しい捉え方 (大東 祥孝)                      
 3.標準注意検査法・標準意欲評価法CATSの臨床的意義 (種村 純,ほか3名)
 4.注意・意欲・意義―志向性の神経心理学― (大東 祥孝)
第Ⅱ章 注意障害・意欲障害の臨床
 1.Action disorganization syndrome (種村 留美)                  
 2.Bálint症候群 (鈴木 匡子)
 3.消去現象の病態と注意機構 (西川 隆)
 4.抑うつとアパシー (上田 敬太,村井 俊哉)
 5.Klüver-Bucy症候群 (深尾憲二朗,村井 俊哉)
 6.脱抑制症候群 (三村 將)
第Ⅲ章 トピックス
 1.注意とメモリー・トレース ―言語性短期記憶(STM)との関連で― (小嶋 知幸)
 2.デフォルトモードネットワークと注意 (加藤元一郎)
第Ⅳ章 治療
 1.注意障害・意欲障害の経過 (船山 道隆)
 2.注意障害のリハビリテーション (早川 裕子)
 3.アパシーの薬物治療,リハビリテーション 
   脳損傷後の発動性低下,disorders of diminished motivation(動機減少障害)に対して 
   (先崎 章)