臨床医のための精神科面接の基本
日本精神神経学会精神療法委員会:編集 
松木邦裕・飯森眞喜雄・大野裕・藤山直樹・中村伸一・中村敬・岡野憲一郎・中尾智博・池田暁史:著者
2015年発行 A5判 187頁
定価(本体価格3,500円+税)
ISBN9784880028521

その他執筆者など▼
内容の説明▼

精神科の日常臨床に必要な精神療法的配慮とは何か。
ともすると薬物療法と操作的診断に偏りがちな風潮に危機感を抱く本邦のスペシャリストがその基本を丁寧にわかりやすく解説しました。
患者との人間関係の上でこそ、精神科臨床が成立することに思いをめぐらす。精神科医として不可欠な視点を再構築するためのテキストブック。

序  文

 この本は日本精神神経学会精神療法委員会が編集し,監修して出版するはじめての本です。
 この委員会が成立したとき,ある種の危機感が背景にありました。若い精神科医たちが薬物療法の知識と操作的診断基準さえあれば,患者と臨床の営みができるように考えている風潮があるのではないかという危機感です。その危機感を委員会の創立メンバーは共有していました。患者と精神療法的にかかわることは精神科医のアイデンティティーなのではないか,と私たちは考えています。
 精神科医が患者と会い,話し,投薬をしている毎日のごく日常的な臨床の営みをしているとき,○○療法と名前のついた専門的な精神療法をしていなくても,何らかの精神療法的配慮によって患者との治療関係を構築し維持しています。それにはそれ相応の専門的な知識とスキルと修練が必要です。いまの精神科臨床やその研修のなかから,そのことが忘れ去られようとしているのではないかと私たちは恐れます。それこそ,通院精神療法や入院精神療法という報酬を日常的に私たちが保険から得ている根拠なのです。
 一般の医療でも,医者や専門家との良好な人間関係のなかでこそ,臨床的営みはスムーズに進展します。精神科でもそれは同じですが,精神科の患者たちは他人とものごとを協力して進めていくことにそれぞれに独特の困難を抱えた人たちである場合が多いようです。精神科臨床の場合,患者との治療関係を構築して維持することが,きわめて専門的なスキルをかたちづくるのはそういう理由からです。本書は,どのような精神科医でも直面する,よい治療関係を作り,保つという課題について指針を提供しようという意図で企画されたものです。
 私たち,この本の著者の多くは,より専門的な精神療法の専門家ではあります。しかし,その前に私たちは精神科医です。専門的な精神療法という,患者と治療者が協力関係を維持することにとてもセンシティブでなければそもそも始められないプロジェクトを行うことを専門としてきた私たちが,普通の一般的な外来や入院の精神科臨床における患者との治療関係の構築と維持とに焦点を当てて,テクストを書くことには意味があると思います。
 この本を読んで,精神科臨床が何より患者という人との人間関係を前提になされていることに,読者諸氏が思いを至らせていただければと思います。人間関係の相手として患者を認識することは,単に治療を円滑に進めることを助けるだけではありません。それはたとえば,操作的診断基準のなかの症状記載ひとつひとつを貼り合わせたモザイクのように患者をみるようになる危険から精神科医を救い出してくれます。あるいは,薬物療法の標的症状だけをクローズアップして,患者の全体をみることをおろそかにすることから免れることも可能になります。患者との治療関係に思いめぐらす習慣をもつことは,ひとりのこころと歴史を持った,人生を生きつつある個人として患者をみるという,精神科医にとって不可欠な視点を回復させることに貢献するだろうと思います。
 この本が多くの精神科医諸氏に読まれ,その実践と研修の上で何らかの指針を与えることを願っております。

2015年5月
日本精神神経学会 精神療法委員会
委員長 藤山直樹

おもな目次▼

CHAPTER 1 面接を始める前の基本
 1.精神科臨床に求められるもの
  A 精神科臨床とは
  B 精神科における治療関係―関係モデルの変換
  C 精神科における治療関係の意義
  D 良質な治療関係を創ること
    コラム●突進してくる患者
 2.精神科臨床に必要な治療関係とは
  A 精神科診療における治療関係のありかた
  B 精神療法を支える関係のとり方―受容と返し
  C 関係を利用して治療する
  D 治療によって関係を変える―病態水準を測ること
  E 精神療法における治療関係とはどのようなものか
    コラム●「よい耳」と「よい声」をもつこと
 3.治療関係のつくり方
  A 「みたて」の治療的意義
  B 「かかわり」の実際と治療的意義
  C まとめ
 4.治療設定の方法
  A 治療設定とは何か
  B 設定供給の責任
  C 時間的な設定
  D 空間的な設定
  E 社会的な設定
  F 設定についてのマネジメント
  G まとめ
    コラム●真夏のできごと
 5.家族への対応
  A 「羅生門効果(Rashomon effect)」について
  B 外来での対応
  C 入院での対応
  D 家族心理教育
  E まとめ
    コラム●たのしかった外来陪席
 6.薬物療法に与える影響を知る
  A 治療関係はどのように薬物療法に影響を及ぼすか
  B 薬物療法を介して良好な治療関係を築く
  C 服薬の心理をわきまえて対応する
  D ことばの処方
  E まとめ
    コラム●最初の症例
 7.チーム医療のマネジメント
  A 治療チームの組織化
  B リーダーとしての精神科医
  C 他の専門職との関係
  D 非専門職スタッフとの関係
  E まとめ

CHAPTER 2 初回面接の基本
 1.初回面接の動機づけ
  A 「なぜ」・「今」・「この人(たち)」が来院したのか
  B 成人患者との初回面接
  C 小児・児童患者との初回面接
  D 思春期・青年期患者との初回面接
  E 患者であろうと推定される者が来ない初回面接
  F 以前の治療についてきく
  G まとめ
 2.診断面接の進め方
  A 診断は治療者間のコミュニケーションの手段
  B 診断面接の進め方(30分面接をもとにした例)
  C 診断面接の終了
    コラム●研修医時代の思い出
 3.神経症の初回面接
  A 主訴
  B 現病歴
  C 既往歴
  D 家族歴
  E 病前性格
  F 生活歴
  G 現症の把握・(暫定)診断・治療方針の策定
  H 診たて・治療の説明
  I まとめ
 4.大学病院での初回面接
  A 面接の始まる前に
  B 初回面接の進め方
  C 初回面接における診断と治療プラン
  D 面接を終える
  E まとめ

CHAPTER 3 外来継続診療の基本
 1.外来継続診療が目指すもの
  A 外来継続診療の全体的な流れ
  B 外来での初期治療
  C 外来での介入方法
  D 感情の表出と治療の停滞への対応
  E 危機への介入
  F 継続診療の終え方
    コラム●砂糖恐怖の患者さん
 2.外来継続診療の進め方
  A 再来時の留意点
  B 患者を呼び入れる
  C 診察
  D 最初の数回にすべきこと
  E 患者を負担に感じるとき
  F 治療の行き詰まり
  G まとめ
    コラム●研修医時代の印象に残ったできごと

CHAPTER 4 入院マネジメントの基本
 1.入院時の精神療法とは
  A 入院治療の課題
  B 入院精神療法は社会生活を考えたトータルケア
  C 入院精神療法(トータルケア)に必要な精神科医の能力を問う
  D 精神療法のイニシャティブは誰のもの?
  E まとめ
 2.入院初回面接のポイント
  A 外来初回面接との違い
  B 診断をいかにくだすか?
  C 初期のラポール形成
  D 入院生活がトラウマとならないための配慮
  E 初回面接において決定するべき事項について
  F 初回面接における家族との対応
  G 治療チームとして行う初回面接
  H 病棟チームへの引き継ぎ
 3.入院初回面接の進め方
  A 入院患者と会う
  B 入院治療の枠づくり
  C 入院での治療法の提示と選択
  D 入院生活での枠づくり
  E 入院治療の始まり
  F まとめ
 4.入院治療のマネジメント
  A 入院継続にあたって
  B 状態診断のポイント
  C 入院中のマネジメント
  D 入院目標の修正が必要なとき
  E 入院中の治療関係の変化とそれへの対応
  F 退院の判断・マネジメントと外来診療への橋渡し
 5.入院中の継続診療の進め方
  A 朝の回診
  B 入院中の面接を進めるために
  C 面接の実際
  D 入院治療の山場
  E まとめ

INDEX