心身症臨床のまなざし
筒井末春(東邦大学名誉教授、人間総合科学大学名誉教授):監修
矢吹弘子(人間総合科学大学教授、矢吹女性心理療法研究室):著者  
2014年発行 A5判 104頁
定価(本体価格2,300円+税)
ISBN9784880028538

その他執筆者など▼
内容の説明▼

心身症を学ぶことは、人生を学ぶことである。本書は、身体と心のつながりに光をあて、心理療法という視点から心身症を理解することを試みました。

監修にあたって
 矢吹(旧姓 中島)弘子先生がこのたびより良い医療のための心理療法を目指して「心身症臨床のまなざし」を上梓する運びとなった。
 先生は東邦大学医学部をご卒業後,小生のもとで心身医学を学び,さらに米国・メニンガークリニックを経て帰国後,心療内科医・精神療法医として中島女性心理療法研究室(現・矢吹女性心理療法研究室)を仕事場とし,活動するかたわら,2009年4月より人間総合科学大学教授に就任し,現在活動中である。
 本書でも先生ご自身が触れているように「心身症を通じて広く人生を学ぶことができる」という感じは,読者に多くのインパクトを与える素晴らしい響きを持った言葉と言って差し支えないであろう。本書は2002年に「心身症と心理療法」という題名で刊行した書籍の続編で,その間に成長された先生のひたむきな学問に対する情熱を集積したアカデミックな新刊といえる。
 今回は先生が米国留学(メニンガークリニック)で学んだ経験も生かし,第3章では学習理論に基づく行動療法も加え,さらにご専門の精神分析的精神療法に関して貴重な3症例を詳細に分析されている。
 本書が臨床心理士はもとより,心身医学に関連する医療従事者はもちろんのこと,心理系や医療福祉系の大学生や大学院生にも役立つ教科書・参考書として活用されることを願って止まない。
 2014年6月
東邦大学名誉教授
人間総合科学大学名誉教授
筒井末春

はじめに
 前著「心身症と心理療法」を上梓してから早くも10年以上が経過した。幸いにして前著はこの間,心身医学を志す医師・医療従事者をはじめとする多くの方にご高覧いただき,ありがたいことである。当時心理療法室を主たる仕事場としながら心療内科の一般外来診療を行っていた筆者であったが,その後大学教育にも携わるようになり,医療を目指す若者・現役の医療従事者・そして心身の健康に深く興味をもつ一般の社会人学生の方々に,心身医学関係の科目をお伝えする立場となった。これにより,それまでとはやや違う角度でさまざまなことを考えるようになった。
 たとえば,「心身症」という概念についてである。
 「心身症とは?」という問いに「頭が変になってしまった人」という回答に接し,筆者は驚きのあまり絶句してしまった。10年近く前,筆者が医療を志す若い学生さんに,はじめて心身医学関係の講義をする機会をもった頃のことである。念のため付記するとそれは現在奉職している大学ではない。しかしながら,この数年さまざまな仕事をもつ学生さんとのやりとりからも,心身症というものが一般にはいかに誤解をもたれているかを改めて認識するようになった。
 最も多い誤解は,心身症を単に「ストレスから具合が悪くなること」ととらえているものである。この考え方をもっている人は,うつ病も不安障害も,心身症だと考えている(うつ病を「ストレスから具合が悪くなる病気」と考えている一般の人は多い。しかし,うつ病は生物学的な基盤がある疾患である。発症契機は確かにさまざまなストレス要因であることが多い。詳しくは精神医学の成書を参照されたい)。
 1991年に日本心身医学会は,「心身症とは身体疾患の中で,その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し,器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし,神経症やうつ病など,他の精神障害に伴う身体症状は除外する」と定義した。この定義では,心身症は身体疾患であると明記されている。
 これを説明すると,今度は「ストレスから病気になることがあるとは驚いた」「現代社会はストレス社会だから,病気にならないようにストレスに気を付けないといけない」という話になっていくことがまれではない。
 心身症は「ストレスから病気になるもの」とまとめてしまえるほど単純なものではない。筆者は「心身症を学ぶことは人生を学ぶこと」といえるほど大きなことであると感じている。心身症に用いられる心理療法は,それぞれの“世界観”ともいえる心身症への理解の仕方をベースに進められている。それぞれの心理療法がよってたつこの世界観の違いは「パラダイムの違い」と表現されることもある。この心理療法よりこちらの心理療法が優れている,というような議論がされることがあるが,重要であるのは「パラダイムの違い」を理解したうえで,そのときその人に合った心理療法を用いることであると筆者は強く思う。
 前著「心身症と心理療法」では,筒井末春先生の下で学んだ心理士の先生方と筆者を含めた心療内科医とで,心身症治療に用いられる各種の心理療法,特に「心から体へ」ともいえる心理療法を解説した。
 本書では前著で扱えなかった行動療法系の心理療法を含め,この「パラダイムの違い」を明確にしながら,心身症の心理療法をあらためて概説したい。今回は一人で執筆することによって,「心療内科医・精神療法医である筆者の眼からみた各理論」という一貫した視点が提供できると思う。さらに,筆者が東邦大学時代に筒井先生の下で学会発表・論文化した臨床経験や,米国・メニンガークリニック留学(1995~1996年)中の体験も取り入れながら記述したい。当時は無我夢中であった臨床経験を,今であれば少し距離をもって振り返り,その意味を再構成できると思うからである。
 ともすると単なる横並びになりがちな各種の心理療法である。この位置付けを,筆者の体験もふまえた視点で明確にしたい。複雑な社会で生きる現代人に,「心身症」は多くのことを教えてくれる。心理療法という視点から,その一端を示せたら幸いである。
 2014年6月矢吹弘子

おもな目次▼

監修にあたって
はじめに

第1章 心身医学の歴史と心身症治療の基本―今なぜ心身症か―
 1 心身症とは何か・心身医学の歴史
 2 心身症治療の基本概念
第2章 心身症と精神分析理論
 1 フロイトの「ヒステリー性転換」と「不安神経症」
 2 アレキサンダーの自律神経反応論
 3 アレキシサイミア
 4 アモンの「精神分析と心身医学」
 5 「自我」の機能と「防衛機制」
第3章 学習理論(行動理論)と心身症の心理療法
 1 学習理論の考え方―古典的条件付けとオペラント条件付け―
 2 学習理論の発展
 3 認知療法と認知行動療法
 4 自律訓練法
 5 バイオフィードバック療法
第4章 精神分析的な技法をめぐって
 1 EBM, NBMと精神分析的精神療法
 2 精神分析的精神療法と支持的精神療法
 3 力動指向的アートセラピー(芸術療法)

あとがき
索引