頭部外傷と高次脳機能障害

 一般社団法人日本高次脳機能障害学会 教育・研修委員会:編

2017年発行 A5判 264頁
定価(本体価格4,600円+税)
9784880028682

内容の説明

 飛躍的に進歩し続ける「頭部外傷」と「高次脳機能障害」に関する理解。神経心理学や臨床医学にとどまらず,頭部外傷に関わる多様な社会問題にもスポットをあて、最新の情報を集積した!

序に代えて

 2017年の10月上旬に秋たけなわのボストンを訪れた。私がボストンに留学していたのは1992〜1994年のことであり,帰国して数年は頻繁に訪れていたが,その後は機会がなくなっていたので,今回の訪問は約20年ぶりであった。ボストンのブルックライン地区にあるロングウッドメディカルエリアには,ベス・イスラエル・ディコネス・メディカルセンターやブリガム・アンド・ウィメンズ病院といったハーバード大学関連の有名病院が林立している。神経心理学領域でもマイケル・アレキサンダーやアルバート・ガラブルダら,高名な教授たちがこれらの病院で診療・研究・教育にあたっている。このロングウッドメディカルエリアのハンチントン通りに面した一角にフランシス・カウントウェイ医学図書館があり,留学中は足繁く通っていたが,当時はその2階にウォーレン解剖学博物館があることは知らなかった。
 今回の訪問で改めてウォーレン解剖学博物館を訪ねてみた。博物館とは名ばかりのひっそりとした佇まいである。前頭葉眼窩部損傷例のプロトタイプとされ,歴史にその名を刻んだフィネアス・ゲージの頭蓋骨と,彼の前頭部を突き抜けていった太い鉄棒が2階の廊下の片隅に展示されている。ゲージの事故が起きたのは1848年9月13日であるから,かれこれ170年も昔の出来事である。ゲージのこの事故は,脳の特定の部位に対する損傷が人格に影響を及ぼしうることを示唆したおそらく初めての事例であり,その後のハーロウ博士の一連の報告は今日の神経科学の幕開けの出来事の一つと言っていい。しかし,当初は反社会的で脱抑制的,気まぐれとされた彼の人格変化の記述にはかなりの誤解と誇張もあったようである。
 いずれにしても,症例ゲージの臨床観察を皮切りに,今日に至るまで,多種多様な頭部外傷の事例が報告され,脳への損傷が人の心理と行動に及ぼす影響が研究されてきた。特に,歴史的にロボトミー(前頭葉白質切截術)例や戦争による頭部外傷例の研究は人の前頭葉機能の解明に大きく貢献した。頭部外傷の受傷機転は他にも銃創や転落などがあるが,大多数を占めるのは交通外傷である。また,最近にわかに注目を浴びているのは,スポーツ外傷である。スポーツ外傷のうち,ボクシングによる認知行動障害は以前からdementia pugilisticaあるいはpunch-drunk syndromeとして知られた病態ではあったが,近年ではアメリカンフットボールなど,他のスポーツ外傷例の検討から,新たな神経病理学的所見の発見や症状形成メカニズムの仮説提唱がなされている。
 症例ゲージ以来,この170年の間に頭部外傷と脳の働きに関する我々の理解は飛躍的に進んできている。本書は文字通り,頭部外傷とそれがもたらす高次脳機能への影響に関して,基礎から臨床に至るまでの最新の情報を集積したものである。頭部外傷の疫学的実態,受傷機転や発症メカニズム,外傷による高次脳機能障害の症候学などを概説している。さらに,強調したいのは,頭部外傷の影響は単に神経心理学や臨床医学にとどまらず,社会の中で考えるべき問題を数多く含んでいる。たとえば頭部外傷による心理的影響,自動車運転再開の是非や,幼少時に頭部外傷を受けた児童の教育などである。本書が頭部外傷に関するこれら多様な問題を改めて考える機会となれば幸いである。
 本書はもともと2015年の第39回日本高次脳機能障害学会学術総会に際して,教育・研修委員会企画として行われたサテライト・セミナーの研修内容を中心に,一部は新たな著者に原稿を依頼して作成したものである。クリスマス前の華やいだ青山の会場で第39回学術総会が行われてからすでに2年が経過してしまった。ここまで遅滞したのはひとえに編者である私の怠慢であり,関係者には心からお詫び申し上げる。一緒にセミナーの内容を企画した故・加藤元一郎先生もさすがに草葉の陰で苦笑しているかもしれない。このように書籍として日の目を見ることができたのはひとえにご執筆していただいた諸先生方の熱意と,辛抱強く待ってくれていた林社長をはじめ,新興医学出版社の方々のお力添えのおかげである。ここに関係者に感謝するとともに,改めて本書を加藤先生の墓前に捧げたいと思う。

(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室  三村 將)

おもな目次

第Ⅰ章 序章
頭部外傷をめぐる最近の知見 (三村  將, 高畑 圭輔)

第Ⅱ章 頭部外傷とは
1. 頭部外傷の疫学 (蜂須賀研二)
2. 頭部外傷の原因 (栗原 まな)
3. 頭部外傷の画像所見 (並木  淳)
4. 脳外傷による高次脳機能障害とMTBI(軽度脳外傷)後の脳振盪後症候群 (益澤 秀明)
5. 頭部外傷の神経病理 (髙尾 昌樹)
6. 反復性軽度頭部外傷によって引き起こされる遅発性の病態:慢性外傷性脳症(CTE) (高畑 圭輔)

第Ⅲ章 頭部外傷の症候学
1. 頭部外傷後の注意障害 (稲村  稔)
2. 頭部外傷後の記憶障害 (石合 純夫)
3. 頭部外傷後の前頭葉機能障害 (三村  將)
4. 頭部外傷後の社会的行動障害 (生方 志浦, 上田 敬太)

第Ⅳ章 頭部外傷の評価と対応
1. 頭部外傷後の評価 (西  侑紀, 丸石 正治)
2. 頭部外傷後の心理症状や社会的行動障害に対する介入─認知行動療法と動機づけ面接法について─ (橋本優花里, 澤田  梢)
3. 頭部外傷および高次脳機能障害とPTSD (西  大輔)
4. 頭部外傷後の運転再開とその評価 (加藤 徳明, 佐伯  覚, 蜂須賀研二)

第Ⅴ章 終章
頭部外傷後の高次脳機能障害に対する対応と施策 (中島八十一)