睡眠薬・抗不安薬のエキスパートコンセンサス

高江洲義和(琉球大学大学院医学研究科精神病態医学講座准教授):編著
稲田 健(北里大学医学部精神科学教授):編著

2023年発行 B6変型判 264頁
定価(本体価格4,400円+税)消費税10%込(4,840円)
ISBN 9784880029016

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内容の説明

医療における重要課題の1つとなっているのがベンゾジアゼピン受容体作動薬の長期・高用量使用である。

特に、睡眠薬・抗不安薬としての処方で依存などが生じ、減薬・中止といったいわゆる出口戦略の実践に大きな困難が伴うことは精神科医に限らず、多くの医師が経験していることだろう。

そうした現状を踏まえ、日本睡眠学会、日本臨床精神神経薬理学会、日本不安症学会、日本プライマリ・ケア連合学会という4学会協力のもとベンゾジアゼピン受容体作動薬の適正使用・出口戦略に対する実践的対処法、非薬物療法の活用などに関する調査が行われた。

本書は、その調査結果をエキスパートの意見として取りまとめた上で、詳細な解説を加え、臨床で活かせる手引きとして示したものである。

エキスパートであれば重要と考える治療の大枠を示した「コンセンサスステイトメント」により、いま一度治療を見つめ直すこともできるし、臨床疑問(CQ)への回答結果を示した「エキスパートコンセンサス」により専門医がどのような治療をしているのか理解して、臨床を進めることも可能である。

共同意思決定や新規薬剤といったテーマにも多く言及し、臨床活用にも大きく役立つ1冊となっているはず。プライマリ・ケア医、精神科医を中心に、多くの学びをここから得られることを願っている。

はじめに

 わが国におけるベンゾジアゼピン受容体作動薬の長期・高用量使用は欧米諸国と比較しても多いことが知られており,医療における重要課題の1つとして考えられていますが,いまだにその課題に対する明確な解決策は示されていません.2010年代以降は睡眠薬の適正使用ガイドラインや診療報酬改定におけるベンゾジアゼピン受容体作動薬の長期・高用量使用に対する診療報酬の減算などにより,少しずつベンゾジアゼピン受容体作動薬の長期・高用量使用に対する臨床医の問題意識は高まってきているように感じます.しかしながら,近年のレセプトデータベース研究の結果などからも,わが国におけるベンゾジアゼピン受容体作動薬の長期・高用量使用の実態は2010年以降大きな変化がないことが示されています.その背景には,医療者も当事者もベンゾジアゼピン受容体作動薬の長期・高用量使用に問題があることは理解しており,減薬・中止を望んでいることが多いのですが,具体的にどのようにすれば長期・高用量化しないのか,もしくは,もうすでに長期・高用量化してしまっている場合はどのようにすれば良いのかについて明確な指針が示されていないことが問題として挙げられます.
 ベンゾジアゼピン受容体作動薬の長期服用者に対する出口戦略のエビデンスはいくつか示されており,われわれの厚労科研班研究(研究代表者:三島和夫)で行った系統的レビューとメタ解析の結果から,認知行動療法を併用することがベンゾジアゼピン受容体作動薬の睡眠薬と抗不安薬の減薬に有用であるという結果が示されています.しかしながら,わが国では認知行動療法の普及は十分には進んでおらず,実施可能な医療機関も少ないという問題があります.また,不眠に対する認知行動療法は保険収載されていないため,アクセスやコストの面から認知行動療法による減薬をわが国で積極的に進めていくことは困難な状況であると考えられます.近年はメラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬といった新たな作用機序を有する睡眠薬も上市されており,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の睡眠薬を,それらの新たな作用機序の睡眠薬に置換する方法も行われていますが,その科学的な妥当性は十分には示されていないのが現状です.
 以上の問題点を踏まえると,可能であればベンゾジアゼピン受容体作動薬の睡眠薬・抗不安薬の減薬・中止を目指したいが,具体的な指針が示されていないため,出口戦略の実装化がなされておらず,エビデンスだけでは臨床現場でベンゾジアゼピン受容体作動薬の適正使用・出口戦略を実践するのは困難であるという問題点が見えてきました.そのため,本エキスパートコンセンサスでは日本睡眠学会,日本臨床精神神経薬理学会,日本不安症学会,日本プライマリ・ケア連合学会の協力を得て,実臨床で遭遇する不眠症や不安症に対するベンゾジアゼピン受容体作動薬の適正使用や出口戦略に対する実践的対処法や,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の睡眠薬・抗不安薬に替わる非薬物療法や薬物療法の実践的な使用法に関するエキスパートの意見を取りまとめて回答を示しました.また,回答に対する解説文を加えることで,より解釈や実践的な使用方法がわかりやすいように工夫しました.本書が,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の適正使用法や出口戦略の実践で悩んでいる,プライマリ・ケアや精神科領域の医療者や,その副作用で苦しむ当事者の方の一助となれば幸いです.

琉球大学大学院医学研究科精神病態医学講座
高江洲義和

おもな目次

はじめに 5
重要文献・ガイドラインリスト 14
本書のご使用にあたって 15

第1章 睡眠薬・抗不安薬使用の現状と課題
1. 睡眠薬・抗不安薬の適正使用と出口戦略 18
2. プライマリ・ケア領域における課題 23
3. 共同意思決定による適正使用と出口戦略の実践 27
4. 今回のステイトメント、エキスパートコンセンサスの作り方 35
5. コンセンサスステイトメントから読み取れること 39
6. エキスパートコンセンサスから読み取れること 42
文献 46

第2章 睡眠薬
1.エキスパートの睡眠薬治療(BZD、メラトニン、オレキシン、適用外の鎮静作用のある向精神薬) 50
2.エキスパートの非薬物療法
① 睡眠衛生指導 56
② 認知行動療法 61
3. 治療開始時のコンセンサスステイトメント
①睡眠衛生指導はすべての不眠症患者に対して行う 66
②不眠に対する認知行動療法で用いられる技法も積極的に導入する 68
③睡眠薬を処方する際は,それぞれの睡眠薬の効果と副作用について説明する 70
④ベンゾジアゼピン受容体作動薬は,長期使用により依存形成のリスクがあるため,可能であれば,それ以外の薬物療法や非薬物療法を検討する 72
⑤睡眠薬を処方する際は,短期間で減薬・中止することを検討する 74
⑥睡眠薬の開始の是非,種類および用法について,患者との共同意思決定を行う 76
4.維持治療・出口戦略のコンセンサスステイトメント
①不眠症状が改善しない場合は,不眠症状や睡眠衛生の再確認を行い,その他の睡眠障害の鑑別を行う 78
②不眠症状が改善した場合,できるだけ短期間で睡眠薬の減薬・中止を検討する 80
③睡眠薬を減薬する際は,患者自身が積極的に減薬に取り組めるよう動機づけを行う 82
④ベンゾジアゼピン受容体作動薬を減薬する際は,反跳性不眠や離脱症状が出現する可能性やその対処方法を説明したうえで,漸減法を用いて減薬する 84
⑤睡眠薬を減薬する際は,不眠に対する認知行動療法で用いられる技法を積極的に導入する 86
⑥睡眠薬の減薬・中止が困難だった場合は,患者に長期使用のリスクを説明し,時間をかけて減薬に取り組む必要性を説明したうえで,睡眠薬の維持治療も検討する 89
⑦睡眠薬を減薬・中止するか否か,どのように減薬・中止するかについて,患者との共同意思決定を行う 92
5. 睡眠薬のエキスパートコンセンサス
  CQ1 入眠困難が主体の不眠症患者に対して,以下の薬物療法をどの程度推奨しますか? 94
  CQ2 入眠困難が主体の不眠症患者に対して,以下の非薬物療法をどの程度推奨しますか? 97
  CQ3 睡眠維持障害(中途覚醒や早朝覚醒)が主体の不眠症患者に対して,以下の薬物療法をどの程度推奨しますか? 100
  CQ4 睡眠維持障害(中途覚醒や早朝覚醒)が主体の不眠症患者に対して,以下の非薬物療法をどの程度推奨しますか? 103
  CQ5 ベンゾジアゼピン受容体作動薬により不眠症状が改善しない場合,以下の薬物療法をどの程度推奨しますか? 105
  CQ6 ベンゾジアゼピン受容体作動薬により不眠症状が改善しない場合,以下の対応/非薬物療法をどの程度推奨しますか? 109
  CQ7 ベンゾジアゼピン受容体作動薬により不眠症状が改善した後,どの程度の期間で,ベンゾジアゼピン受容体作動薬を減薬・中止することを推奨しますか? 112
  CQ8 どのような患者に対して,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の継続もやむを得ないと考えますか? 114
  CQ9 ベンゾジアゼピン受容体作動薬の減薬が望ましいと判断した場合,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の減薬・中止に際して,以下の方法をどの程度推奨しますか? 118
  CQ10ベンゾジアゼピン受容体作動薬の減薬が望ましいと判断した場合,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の減薬・中止に際して,他の睡眠薬や向精神薬等と置換する場合(置換方法は上乗せ漸減,漸増・漸減法,急速切り替え法のすべてを含む),以下の薬への置換をどの程度推奨しますか? 121
6.精神科専門医が教えるプライマリ・ケア診療での適正使用と減薬方法 124
7.患者さんにどう話す? 減薬実践のコツ 127
8.プライマリ・ケアで実践できる適正使用と減薬のコツ 132
9.薬剤師の連携の取り組み 136
コラム 質の良い睡眠をとるためのコツ 140
文献  145

第3章 抗不安薬
1.不安症に対して用いられる薬剤について 158
2. エキスパートの不安に対する非薬物療法
①基礎的非薬物療法 167
②認知行動療法・マインドフルネスなど 172
3.治療開始時のコンセンサスステイトメント
①不安に対して,薬物療法のみではなく,それ以外の対処法も説明する 178
②ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬は,長期使用により依存形成のリスクがあるため,可能であれば,それ以外の薬物療法や非薬物療法を検討する 180
③ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬を処方する際は,それぞれの抗不安薬の効果と副作用について説明する 182
④ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬は,不安に対する対症療法であり,やむを得ず使用する場合には短期使用に留めることが望ましいことを説明したうえで処方する 184
⑤不安症の診断を満たす場合は,認知行動療法で用いられる技法も積極的に導入する 186
⑥不安症の診断を満たす場合は,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬以外の治療選択肢も挙がるため,専門医療機関への紹介も検討する 188
⑦ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬の開始の是非,種類および用法について,患者との共同意思決定を行う 190

4. 維持治療・出口戦略のコンセンサスステイトメント
①不安症状が改善しない場合は,不安症状や背景要因の再確認を行い,不安症やうつ病などその他の精神疾患の鑑別を行う 192
②不安症状が改善した場合,できるだけ短期間でベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬の減薬・中止を検討する 194
③ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬を減薬する際は,患者自身が積極的に減薬に取り組めるよう動機づけを行う 196
④ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬を減薬する際は,反跳性不安や離脱症状が出現する可能性やその対処方法を説明したうえで,漸減法を用いて減薬する 198
⑤ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬を減薬する際は,不安症に対する認知行動療法で用いられる技法を積極的に導入する 200
⑥ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬の減薬・中止が困難だった場合は,患者に長期使用のリスクを説明し,時間をかけて減薬に取り組む 202
⑦ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬を減薬・中止するか否か,どのように減薬・中止するかについて,患者との共同意思決定を行う 204
5.抗不安薬のエキスパートコンセンサス
CQ1 特定不能の不安症の患者に対して,以下のベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬の使用をどの程度推奨しますか? 206
CQ2 特定不能の不安症の患者に対して,以下の非薬物療法をどの程度推奨しますか? 209
CQ3 特定不能の不安症の患者に対して,すでにベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬が処方されているが,不安症状が改善していない場合,以下の薬物療法をどの程度推奨しますか? 212
CQ4 特定不能の不安症の患者に対して,すでにベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬が処方されているが,不安症状が改善していない場合,以下の対応/非薬物療法をどの程度推奨しますか? 215
CQ5 ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬により不安症状が改善した後,どの程度の期間で,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬を減薬・中止 することを推奨しますか? 218
CQ6 どのような患者に対して,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬の継続もやむを得ないと考えますか? 221
CQ7 ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬の減薬が望ましいと判断した場合,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬の減薬・中止に際して,以下の方法をどの程度推奨しますか? 224
CQ8 ベンゾジアゼピン受容体作動薬の抗不安薬の減薬が望ましいと判断した場合,減薬・中止に際して,他の抗不安薬や向精神薬等と置換する場合(置換方法は上乗せ漸減,漸増・漸減法,急速切り替え法のすべてを含む),以下の薬への置換をどの程度推奨しますか? 227
6. 精神科専門医が教えるプライマリ・ケア診療での適正使用と減薬方法 230
7. 患者さんにどう話す? 減薬実践のコツ 233
8. プライマリ・ケアで実践できる適正使用と減薬のコツ 239
9. 薬剤師の連携の取り組み 243
コラム 高齢者のポリファーマシーに対する取り組み 247
文献 252

おわりに 256
事項索引 258
薬剤索引 260