症例!失語症のリハビリテーション
タイプ別23症例の言語訓練

中川良尚(江戸川病院リハビリテーション科言語聴覚専門科長)
佐野洋子(江戸川病院リハビリテーション科顧問)
船山道隆(足利赤十字病院神経精神科部長)

2023年発行 B5判 240頁 2色刷
定価(本体価格5,400円+税)消費税10%込(5,940円)
ISBN 9784880021263

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内容の説明

古典分類をもとによりリハビリテーションをスムーズに行うための「臨床的に有用な失語症タイプ分類」にそって典型例23例を詳述! 江戸川病院の長期言語訓練を学ぶことで、失語症の言語訓練プランを組み立て、実践するための理解が深まります。実際の言語訓練方法も詳しくまとめられ、貴重なDVD動画もうれしい1冊。

序文に代えて

 筆者らが2022年3月に刊行した,姉妹書「実践! 失語症のリハビリテーション」と本書は,過去約40年にわたり江戸川病院で行ってきた失語症言語訓練の臨床で学んだ知見を書きとめたものであり,次世代の失語症の言語訓練発展に,何かしらお役に立つことを願ったものです。
 江戸川病院において日々私たちが行っている失語症者に対するリハビリテーションは,取り立てて変わったものではありません。ただし,臨床あたっては「実践! 失語症のリハビリテーション」にも書きましたように,次のようなことをいつも心がけています。

江戸川病院の失語症に対するリハビリテーション
①科学的かつ正確な障害像の把握
②失語症とその関連症状に対する適切かつ十分な機能回復訓練および機能維持のための支援
③コミュニケーションルートの確保・工夫
④失語症者やその家族への精神心理的問題への支持・援助
⑤失語症者とその家族の生活再建に向けた支援(就労困難,経済的問題,社会的役割や交友関係の問題など)

 それぞれの失語症者の障害とその家族の事情はさまざまで,この困難とどのように向き合われ,どのように克服されるかも,それぞれの方で異なります。唯一共通していることといえば,1人1人の失語症者とその家族は,突然起こった失語症という障害と,その後の人生のすべての局面で戦い続けなければならないということです。
 これらの複雑かつ深刻な状況に対応する言語聴覚士も,科学的知識と言語訓練を適切に行う能力,自らの社会経験,他者の心のありさまを感じ取る感性,自らの人生に対する価値観,さらには人柄など,さまざま異なります。それゆえに,失語症のリハビリテーションの展開は,一律に言葉で説明できるような簡単なものではないことは明白です。
 若い言語聴覚士のなかには,失語症という複雑な障害を読み解くこと,そしてどのようにかかわることが適切であるかという点で悩む方が少なからずおられます。しかし,言語聴覚士がどのような状況にあろうとも,臨床現場に立ったからには,目の前の失語症者とその家族のために,より適切なリハビリテーションを随時提供する責任を負うことになります。このため失語症にかかわるすべての臨床家は,科学的に思考を組み立てる能力と,失語症者の方の心を感じ取り共鳴できる全人格的能力の両面を,学び鍛えてゆく必要があると考えています。
 私たちは「失語症はどのようなメカニズムで起きる障害か」「どのような経過をたどるのか」「どのような訓練や支援がいつどこで必要か」などのことを,失語症者の方々から学び,考え,悩みながら日々の臨床を行っています。本書「症例! 失語症のリハビリテーション」では,姉妹書の「実践! 失語症のリハビリテーション」で解説した「失語症の言語訓練プランの組み立て方」の原則をより具体的に理解していただくために,様々な失語症タイプの長期的な言語訓練のプランとその経過をご紹介します。症状に大きな改善を示した症例や回復に難渋した症例を通して,長期的な言語訓練の有効性についてもご確認いただければ幸いです。


 本書では,言語訓練プログラムを組み立てやすいようにという目的で私たちが新しく立案した「臨床的に有用な失語症タイプ分類(中川ら)」に沿って,出来る限りその典型症例と思われる方々を選び,提示しています。この「臨床的に有用な失語症タイプ分類(中川ら)」については,姉妹書「実践! 実践失語症のリハビリテーション」に詳述しましたので,お読みいただきご理解いただけると幸いです。本書を先にお読みになる読者のために,本書にも概略を記載してあります。
 本書を手に取ってくださった言語聴覚士の皆さまには,目の前の失語症者の症状が,どのタイプの症例に近いのかを考えながらお読みいただくのも1つの方法です。失語症者の方々が教えてくださる様々な情報を,本書を通じて皆さまと共有できれば幸いです。
 本書に各症例の詳細な個人情報,そして言語訓練の詳細な経過を書くことやDVDによる訓練映像の提供にあたり,対象となる失語症者とご家族のすべての方から喜んで受諾していただくことができました。そのご厚意に対し,お礼の言葉が見つかりません。すべての師は,失語症者の方々と思っています。本当に有難うございました。
 また,本書の出版にあたっては,多くの方にお世話になりました。症例の経過を分担執筆,校正,その他の作業を助けて下さった方々をご紹介します。

笹嶋 侑子  (現 仁生社江戸川病院リハビリテーション科言語室)
近藤 郁江  (現 仁生社江戸川病院リハビリテーション科言語室)
都築 未来  (現 仁生社江戸川病院リハビリテーション科言語室)
北條 具仁  (元 仁生社江戸川病院リハビリテーション科言語室,現 国立障害者リハビリテーションセンター病院リハビリテーション部門言語聴覚療法)
木嶋 幸子  (元 仁生社江戸川病院リハビリテーション科言語室,現 株式会社ドットライン夢のまち訪問看護リハビリステーション)
岩佐 香菜美 (元 仁生社江戸川病院リハビリテーション科言語室,現 株式会社言語生活サポートセンター)
中村 菜都美 (元 仁生社江戸川病院リハビリテーション科言語室,現 国立病院機構東京病院リハビリテーション科)
木下 結理  (元 仁生社江戸川病院リハビリテーション科言語室,現 有限会社ミカタ言語デイサービス)

 そして何よりも,本書だけでなく,「実践! 失語症のリハビリテーション」および「失語症ドリル改訂版」の出版,「脳が言葉を取り戻すとき─失語症のカルテから─」の復刻版の出版を可能としてくださり,本書の編集に全面的にご尽力いただいた新興医学出版社の林峰子社長,岡崎真子氏には,言い尽くせない程お世話になりました。心から御礼を申し上げます。
 多くの方々の協力で仕上がった本書が,言語聴覚士だけでなく,失語症者とその家族の方々に何かしらお役に立つことを心から願っています。
 私たちも生涯をかけて,失語症の方のために頑張ってまいりたいと思います。

 2023年5月

中川 良尚,佐野 洋子,船山 道隆

おもな目次

 序文に代えて
 本書の理解を深める言語訓練映像について 6
 症例の記載について 7
 臨床的に有用な失語症タイプ分類(中川ら) 10
 言語訓練プログラム立案のために有効な,認知神経心理学的言語情報処理モデル 15
 失語症のリハビリテーションの全体像を知るために 書籍紹介「脳が言葉を取り戻すとき」 16

第Ⅰ章 非流暢性失語(発語失行あり+意味理解障害あり)

症例A 全失語 22
:すべての言語様式で著明な障害
発話表出困難でアナルトリーの有無がわからない場合も含む
 訓練対象とされなかった重度例に対する発症後9ヵ月時からの言語訓練の挑戦

症例B 重度混合型失語(重度運動性失語・重度Broca失語)(症例1) 30
:意味理解障害を伴う非流暢性失語,表出面の障害も重度
 長期訓練と心理的支持により就労にまで至った重度混合型失語症例

症例C 重度混合型失語(重度運動性失語・重度Broca失語)(症例2) 37
:意味理解障害を伴う非流暢性失語,表出面の障害も重度
 15年間の訓練で語唖の状態から簡単な意思疎通が可能となり就労に至った35歳発症症例

症例D 中等度混合型失語(中等度運動性失語・中等度Broca失語)(症例1) 47
:意味理解障害を伴う非流暢性失語,表出面の障害は中等度
 若年失語症の主婦の機能回復と社会復帰

症例E 中等度混合型失語(中等度運動性失語・中等度Broca失語)(症例2) 59
:意味理解障害を伴う非流暢性失語,表出面の障害は中等度
 SLTA総合評価法得点が10点に到達した左大脳半球ほぼ全域損傷若年発症症例

症例F 軽度Broca失語(軽度運動性失語・軽度混合型失語)(症例1) 71
:意味理解障害はごく軽度,軽度の喚語困難や音韻想起能力低下有
 Broca領野および中心前回損傷の,いわゆるBroca失語の改善経過

症例G 軽度Broca失語(軽度運動性失語・軽度混合型失語)(症例2) 81
:意味理解障害はごく軽度,軽度の喚語困難や音韻想起能力低下有
 発話失行が軽度にまで改善しても,継続的構音訓練の重要性が示唆されたBroca症例


第Ⅱ章-1 流暢性失語(発語失行なし+意味理解障害あり)

症例H Wernicke失語タイプ1(症例1) 92
:音韻性錯語・新造語などが著明な流暢性失語
 新造語ジャルゴンが頻発した重度Wernicke失語症例の長期経過

症例I Wernicke失語タイプ1(症例2) 101
:音韻性錯語・新造語などが著明な流暢性失語
 明らかな語聾症状を認めないWernicke失語の長期経過
─注意・意欲・発動性・遂行能力の低下を合併した重度症例─

症例J Wernicke失語タイプ2 114
:語性錯語中心の流暢性失語
 語性錯語中心の重度Wernicke失語症例の長期経過
─ターゲットワードよりも比較的自由な場面での表出が良好であった症例─

症例K Wernicke失語タイプ3 122
:意図的・自動的発話乖離型の流暢性失語
 課題を行う場面(意図的発話)と状況に合わせた自発話(自動的発話)で大きな乖離が認められたWernicke失語症例

症例L Wernicke失語タイプ4 129
:音韻想起困難型の流暢性失語,音韻想起障害が中核症状
 発語失行を伴わないにもかかわらず,重度の音韻想起障害により発話が著しく停滞した流暢性失語症例

症例M 超皮質性感覚失語 140
:意味理解障害が中核症状,復唱は良好,語性錯語が多い
 「○○○ってどういうこと?」と復唱可能でも意味理解が困難な超皮質性感覚失語症例

症例N 超皮質性運動失語 148
:発語開始困難や停滞が主症状,意味理解障害は軽度
 処理速度に負荷をかけた訓練が奏功した超皮質性運動失語症例

症例O Broca領域失語 158
:Broca領域に病巣が限局しているタイプ,軽度の喚語困難と文レベルの意味理解障害を呈する
 軽度の喚語困難と複雑な文レベルの意味理解障害が残存したが,職場復帰を果たしたBroca領域失語症例の経過


第Ⅱ章-2 流暢性失語(発語失行なし+意味理解障害ほぼなし)

症例P 伝導失語 168
:表出面の音韻の想起や配列の障害が主症状,意味理解障害はないか軽度
 縁上回限局損傷による伝導失語症例の復職までの経過

症例Q 健忘失語 175
:語想起の障害が主症状の軽度失語症,意味理解障害はないか軽度
 軽度語想起障害のみに至った健忘失語症例の機能回復と社会参加の経過


第Ⅲ章 特殊型

症例R 基底核限局病巣失語 184
:基底核の限局損傷による失語症,早期回復症例が多い
 発症直後は重度に近い中等度の失語症であったが2ヵ月で急速に改善した左被殻限局病巣失語症例

症例S 基底核伸展病巣失語(症例1) 188
:被殻を中心に病巣が広い失語症,病巣の伸展状況で,症状や重症度は多様
 表出面,理解面ともに多彩な症状を呈した基底核伸展病巣失語症例の長期経過

症例T 基底核伸展病巣失語(症例2) 198
:被殻を中心に病巣が広い失語症,病巣の伸展状況で,症状や重症度は多様
 長期にわたる言語訓練中断期間があったにもかかわらず,発症後4年8ヵ月以降にも言語機能の大幅な改善を認めた基底核伸展病巣失語症例

症例U 視床失語 210
:損傷が視床にほぼ限局している失語症,早期回復例が多いが,計算や書字の軽度な障害が残存する
 失語症状は軽快したが,発動性の低下や記憶・注意機能の低下の残存が生活面に大きく影響した症例

症例V 純粋発語失行(アナルトリー)(症例1) 216
:内言語障害はない,構音のプログラミングの障害による症状,重症度は多様
 きわめて典型的な純粋発語失行症例の改善経過

症例W 純粋発語失行(アナルトリー)(症例2) 221
:内言語障害はない,構音のプログラミングの障害による症状,重症度は多様
 きわめて重度の純粋発語失行症例の長期経過
─機能回復および維持のための構音訓練の重要性─

■ミニセミナー 臨床経験から学んだアイディア 
1. 失語症の方との最初の対面は,重要な臨床のスタートアップ(...58)/2. 新しい失語症者について,他のスタッフとの情報共有を密に(...70)/3. 失語症の方に,STが拒否されてしまった経験はありませんか(...90)/4. 言語訓練の課題の詳細や失語症者の細かい反応の記録こそ私たちの宝物(...100)/5. 1回の言語訓練には起承転結のような流れを作りましょう(...113)/6. グループワークは意味がありますか?(...128)/7. 素晴らしいSTとして成長するための秘訣はあるのでしょうか?(...157)

■コラム 
1. 外国の方だと思っていました(...166)/2. 話し相手をしてくれる人を探して,話すチャンスをゲットする男性(...166)/3. 将来失語症にならないとも限らない。その時のために何をしておく?(...174)/4. Noと言わないSTに(...182)/5. 本気と満足と(...182)

文献 230
索引 231