神経内科医必携のデータブック!
これまで明らかに記載されていなかった、髄液検査の基準値・カットオフ値を最新文献を元に示し、疾患ごとに何を調べるべきかを簡単に理解できるよう解説。髄液検査から得られる情報をあますところなく使いこなそう! 臨床医待望のデータブック。
監修にあたって
このたび,JAとりで総合医療センター神経内科の太田浄文博士と石原正一郎博士より「髄液検査データブック」の監修の依頼があり,大変嬉しくすぐにお引き受けした。まずは,著者の前書きにあるように,髄液検査は重要かつ有用でもっと活用されるべきであるにもかかわらず,測定項目の基準値がわからないために,十分に威力を発揮していないと思われることである。すなわち,大きなニーズがありその発刊が待たれていたということである。もう一点は,太田博士,石原博士ともに,東京医科歯科大学大学院の脳神経病態学(神経内科)にて,同じファミリー(教室)の一員として,苦楽を共にしたからであり,本書の刊行に心よりのお祝いと敬意を表する次第である。2人とも学生,研修医,医員として直接多くの患者さんを担当し,何百回も髄液検査を行ったことと思う。まさに,実際に経験した者でないとわからない,かゆいところに手が届く書きぶりとなっている。
本書は,12章から成り立っているがそれらは大きく2つに大別される。すなわち総論(第1,2,3章)と各論(第4~12章)である。総論は,まず第1章で,髄液検査の仕方,手技について説明している。検体の取り扱いについても言及があることは嬉しい。基本的な体位,位置決め,消毒法などは他書にあるので省いたと説明されているが,本書1冊で全て理解できるように,改訂版では是非にイラストや写真もつけてわかりやすい説明を期待したい。第2,3章が本書の肝であり,まず各種の髄液検査の基準値とカットオフ値がリストになっていて,現在,一般診療で利用可能なほぼ全ての項目が網羅されている。その後,各項目について簡潔で明瞭な説明がなされていて,詳細が知りたいときはリストに加えて解説を読むことで理解が深まる。また巻末に特殊検査の依頼先のリスト,さらに和文・欧文の索引が充実していることもたいへんに有用である。
各論は,髄液検査がよく行われる順に,神経感染症,神経免疫疾患,神経変性疾患,末梢神経疾患,脳腫瘍,内科疾患・代謝性疾患,脳血管障害,脊髄・脊椎疾患,その他の疾患と9章に区分されている。神経感染症では,塗抹や培養による病原体の同定,抗原・抗体検査のほか,最近増えてきているゲノム検査についてもアップデートな説明がある。また,随所に囲み記事がありトピックやさまざまなノウハウが記載されている。神経免疫疾患は,従来からの多発性硬化症,Behçet病などに加えて,最近増加している,抗NMDA受容体抗体など,さまざまな自己抗体を伴う脳炎・脳症についてもきちんと対応している。願わくば,傍腫瘍症候群に関する自己抗体のリストがあると便利だと思われる。神経変性疾患の多くは異常蛋白の蓄積を伴い,髄液検査は有用であるがあまり知られていない。Alzheimer’s病ではその有用性は確立しており,もっと活用されることが望ましい。例えば,Lewy小体型認知症にはアミロイドβ蛋白の蓄積も伴うが,その程度の評価など病態の解析にも活用可能である。認知症とパーキンソン症候群の鑑別診断のリストが囲み記事に載っているのは大変有用である。末梢神経障害ではGuillain-Barré症候群などの免疫性疾患が中心である。脳腫瘍は細胞診を含む概説の後,とくに重要な個別疾患について説明がされている。ミトコンドリア病は内科疾患・代謝性疾患の章で説明されている。その他,脳血管障害,脊髄・脊椎疾患,その他の疾患と続く。
本書は,今,患者さんを受け持っている研修医や神経内科,脳外科,内科の諸先生にすぐに役立つ実際的な書籍である,また指導医以上の方々にも知識の整理にはとても有用であり,座右の1冊としてお勧めしたい。最後に,本書が,多くの先生方,メデイカルスタッフ,そして患者さんにとって役立つことを祈念する次第である。
2017年8月
国立精神・神経医療研究センター 水澤英洋
序
髄液検査は神経疾患診療において必須の検査であり,特に中枢神経感染症や炎症性疾患で重要な役割を果たしている。脳,脊髄への体液管理は血液脳関門によって厳密に管理される特殊な環境にあり他臓器のように血液検査からでは得られる情報量が少なく,髄液検査のみから得られる情報が多い。特にアルツハイマー病やプリオン病などの中枢神経に限局した疾患では一般血液検査は正常であり髄液検査が唯一の診断の参考であることもある。
近年の画像診断技術の発展によりPET検査でアルツハイマー病診断に応用されるアミロイドイメージングやタウオパチーのタウイメージングを利用することで脳の病理所見を反映した画像所見が得られることも確かだが,そのような特殊な画像装置を持つ施設は極わずかで患者数の多さを考えると診断技術として一般化するのは現実的ではない。アルツハイマー病の髄液検査所見は研究が進んでおりアミロイド蛋白,タウ蛋白の測定により実際の脳病理を反映した結果が得られ,それらはPET検査と遜色ない感度,特異度を持つようになっている。一般臨床ではPET検査は行えないが髄液検査は特別な条件なく行えるため髄液検査の持つ診断能力の重要性は神経感染症だけでなく変性疾患でももっと重要視されてもよいと思う。
髄液検査は血液検査と比べて侵襲度が高いために多数の正常検体で基準値を出すことが難しく教科書を見ても細胞数,蛋白,糖などの一般的なものはすぐに基準値が見つけられるが特殊項目に関しては記載がない場合が多い。邦文,英文の各種雑誌を見ても,特殊検査項目はある疾患で上昇する,あるいは低下するという記載はあるものの,そもそもの基準値が明確に記載されてないことが多く検査結果の評価ができないこともしばしばある。そのために検査ごとに膨大な文献検索をして探してくる手間がかかり臨床医の時間と労力が費やされている。筆者らもその検索に何百時間を費やしてきた。
本書では髄液検査項目と疾患とに項目を分けて特殊な検査項目の基準値を文献を元に示し,疾患毎では何を調べるべきかをわかりやすくかつ簡単に理解できるように解説した。
本書が臨床医の時間と労力を軽減し日々の診療に役立つことを希望する。
2017年8月
著者を代表して 太田浄文