病を防ぎ、病から回復する力を意味する「レジリエンス」に着目し、レジリエンス機能を高め、機能性身体症候群に立ち向かう方法を漢方医学の観点から解説した。
はじめに
アントノフスキーは健康状態を導く原因に着目し、これにより健康状態を手に入れることをサルトジェネーシス(salutogenesis)と名付け、この名称は健康生成論として知られている。
ポジティブ心理学はセリグマンらによって発展したもので、個人の主観的ウェルビーイングと生活の質(QOL)の向上を目指して、人間本来の営みを最大限発揮させるための心理学である。人間の持っている優れた面やよい部分についての研究や、その人の持つ美徳や素晴らしさの存在を前提とした学問領域であり、従来の心理学が「病理モデル」の研究であるのに対して、「幸福モデル」への新しいアプローチとして注目されている。
これらの立場は疾病予防にも、また健康障害因子の軽減や個人の健康促進・維持にも役立つものといえる。
さらに心理学のみならず臨床医学の領域において台頭したレジリエンスの研究は、精神医学領域で積み上げられている。病気をしてから健康のありがたさに気付く以前に、自ら日常生活の点検(食事、睡眠、運動、ストレス解消、リラクゼーションなど)に努めることは有意義であるものの、必ずしも実践されているわけではない。
そこでこの際、人生に付きまとう困難な状況を乗り越える術として導入すべきレジリエンスに注目してみたい。
レジリエンス研究はストレスを脆弱性モデルとしてではなく、生物・心理・社会面を含めた疾病防御回復論として捉えており、疾病予防、心身健康維持・増進、QOLの向上に資するものとして検討する意義があると考える。今回、漢方治療を軸に自然治癒力を重視した立場からレジリエンスに光をあて、心療内科で取り扱うことの多い不定愁訴を初めとする機能性身体症候群(functional somatic syndrome:FSS)を主体に臨床現場における患者─医師関係という医療の原点である課題をクローズアップし、漢方療法との兼ね合いについて言及した。
現代医学は科学の発達により科学的根拠に基づく医療(evidence-based medicine:EBM)が重視されるなかで、心理・社会的側面にも配慮した診療(心身医療)も普及しつつある。心身医学をベースに発達した心療内科では、本来身体疾患を軸とした心身医療の場として位置付けされ、EBMはもちろんのこと物語りに基づく医療(narrative-based medicine:NBM)も不可欠な領域といえる。現実に心療内科を受診するケースは多彩であるが、生活習慣病の一部を除くFSSに含まれる疾患が多く、これらのなかにはプラセボが反応しやすいケースも少なくない。また、ガイドラインをみると、いずれも患者─医師関係の重要性が指摘されている。
本書を通じてレジリエンスを取り入れた漢方治療の意義と重要性を理解し、さらに今後レジリエンスに目を向けた漢方治療の実践に少しでも近づくことができれば、著者の望外の喜びである。
また、本書のSECTION6では、心療内科における漢方処方の実際として、実地診療を長年手掛けている芝山幸久先生(内科・心療内科で開業中)に漢方薬の位置付けや実際に使用したケースについて、御自身の切り口から漢方薬にメスを入れていただいた。
2017年9月
東邦大学名誉教授 / 人間総合科学大学名誉教授
筒井末春