検査には異常がない、どこの科でみてもらえば良いのかわからない…
そんな思春期の体と心の不調が入り混じった症状を漢方薬で解決!
こういった症状で、こんな状況のこの子には○○、と処方までの流れをわかりやすく解説した思春期漢方の入門書。
推薦の序
池野先生に長野ではじめてお会いしたのは一五年ほど前と記憶しているが、頬を紅潮させた、まるで前髪立の牛若丸のような美少年に見えた。その風貌の如く溌剌と小児科医療と漢方診療に取り組んでおられたが、同時に、小児科医が絶対的に不足している地方の公立病院で、休日夜間の救急、新生児まで扱う多忙さ、休日も呼び出される体制などを嘆いてもおられた。
まだ若い青年医師だと思い込んでいた私は、かなり大胆でおそろしい暴論を吐いた。
「休日にも自分の時間がとれないまま続けていれば、エネルギーが枯渇してしまう。精神的余裕がないと、日々を流されて前後がみえなくなる。医師免許をチラつかせてでも上の人に直談判して、労働条件を良くしてもらわないと伸び盛りを潰される。声をあげた方がいい」
その数年後、医学雑誌で「春の女神症候群」を読み、「天晴れ、天晴れ!」と拍手喝采を送り、「そりゃあ『春の女神』といわれれば女子高生はイチコロでしょう」などと、いい加減な評価をしていた。
そんなバカな評価など、本書をお読みいただければ吹き飛んでしまう。
思春期のこどもたちについての書は数多ある。しかし、この時期のこどもたちが抱える問題には複数の要因が絡んでおり、問題を一つの側面からだけ論じているのではすっきり説明できない。
医療の面では、小児科医で扱う年齢は一五歳までと線が引かれている。十代は一般的にあまり身体の病気をしない。そのため、中高校生の頃に様々な身体や心の症状が起こってきた時、相談する先に迷って困る場合がよくある。
表面的な症状だけから考えていると、まったく解決がつかないことがよくある。思春期のこどもは信頼できる関係でないと、受診したがらないし、まともに口も心も開かない。
池野先生はこの難問に漢方薬を使って、大きな成果を上げてこられた。その具体的な話が本書に満載されており、しかもとても楽しくわかりやすい。
しかし、本書は同時に純粋な医学書でもある。池野先生自身が描かれたイラストがたくさん登場するが、医学的な検査のデータや図、引用もどっさりである。ここが池野先生の素晴らしさである。読者によっては医学的すぎて難解かもしれない。その場合は無視してとばしてしまえばよい。それでも話はきちんと通じるし全体の価値は変わらない。漢方薬の素晴らしさを読み取っていただければよいと思う。
本書は読み進むうちに、とてもさわやかな気分になる。池野先生のこどもたちに注ぐ温かく優しい愛情が全体に貫かれていると感じるし、長野県の四季折々、風土、そこに住む人々に対して、池野先生が誇りを持ち、愛してやまないという思いが感じとれるからなのであろう。こんな医師の存在する長野県がうらやましくさえなる。
益田総子
はじめに
「あなた…あなたですよ!」今このページを見ているあなたにこの本を読んでもらいたいのです。あなたは、何らかの悩みを抱えてこの場にいるはずです。それは、あなた自身、家族、それとも知り合いの誰かの悩みでしょうか。そして、この本が、悩みを解決する一つのヒントになるかもしれません。この本は、医学書の形式をとっていますが、医療関係者だけではなく、今まさに思春期の悩みを抱えている患者さんご本人、そのご両親、学校関係者の方々に広く読んでいただきたいと思います。現在、小児科外来の患者さんは、感染症やアレルギー疾患に代表される昔からの症状だけでなく、大人と同様の慢性の頭痛、腹痛や下痢など消化器症状、不眠や朝起き不良、全身倦怠感といった不定愁訴を持つ患者さんが年々増加しています。そうした患者さんたちは、ひとりひとりが、症状も原因も異なるので、今風のガイドラインで一律に治療することは困難を極めます。特に「朝起き不良なら起立性調節障害」とか、「倦怠感なら貧血」とか、検査で簡単に診断できて治療に取りかかれる場合はそれほど多くないことを、現場の医療者も、患者さんご本人もよく知っています。実際は、検査では異常が見つからず、かといって子どもに対して「心療内科へ行きなさい」とは簡単に言えない現状があります。たとえ勇気を出して心療内科の門をたたいても、「うちは高校生以下はお断り」とか「とりあえず軽い抗うつ剤で様子を見ましょう」とか言われる場合も多いと聞きます。
フリーアクセスと呼ばれる日本の医療制度下でも、体のことは内科や外科など、心は心療内科か精神科というテリトリーがはっきり分かれており、その区別がはっきりつかない場合や心と体の両方に問題を抱えている場合は、どちらの科からも煙たがられる傾向があります。しかし、小児科は本来小児内科であるにも関わらず、眼科、皮膚科や耳鼻科、心の問題でもすべて小児科で初診となります。あいにく小児科主治医が、そのすべての分野に精通しているとは限りません。また、思春期にさしかかるとさらに話が複雑で、制度上は中学生まで小児科、高校生は成人科で区切られています。しかし、中学を卒業していきなり大人になるわけではなく、思春期の問題は小学校高学年から始まり、おおむね高校卒業くらいまで残るというのが、私の持っている印象です。
そうした思春期の体と心の不調が入り混じった患者さんに、漢方薬が効くことに気づいて、私が積極的に診療に取り入れるようになったのは、二〇年ほど前のことです。漢方は心身一如といって、もともと心と体は相関するという立ち位置にあり、心にも体にも有効です。また、漢方は、血液検査も、画像診断もない時代に始まっていますので、そうした侵襲的検査をせずに、患者さんの訴えや、身体診察所見から診断をつけ、治療を選択できるようにシステム化されています。たとえ、検査で異常がなくても、漢方的診察で異常を指摘することは比較的容易なのです。さらに、痛み止めや下痢止めなど対症療法に終始することが多い西洋薬に比べ、根本的な原因を自然治癒力を応用して正常化させようとする漢方治療のほうが、むしろ完全治癒をもたらしやすいこともあります。癌などの悪性腫瘍や生活習慣病が少なく、自然治癒力が旺盛な思春期こそ、漢方治療が有効であるとさえ言えます。
この本の中では、そうした患者さんたちとの出会いを、個人情報に注意-blockしながらできるだけ具体的に記載し、その場合の診断の目安と治療方法をいくつか挙げ、現在の最新科学で解明されつつある漢方薬のエビデンスについて解説しました。細かいことは抜きにして、「この子は、私と似てる」とか、「私もこういうことよくある」とか共感してもらえる部分が必ず見つかると思います。また、文体は医学書的な堅さをできるだけ避け、エッセイを読むように気楽に見ていただけるよう工夫したつもりです。現役の医療関係者の方々にも、息抜きとして読んでいただければ幸いです。
もし、皆様が原因不明の症状が長く続き、日常生活に支障をきたしている場合や、ドクターショッピングに疲れ果て、医療に不信感を募らせている場合には、「漢方」と呼ばれる二〇〇〇年以上に渡って脈々と受け継がれ、現代でもそのニーズを失っていない世界に、ほんのちょっとでも目を向けてください。
この本が、皆様にとって漢方の世界への最初の入り口となることを祈っております。
池野一秀