もしも身近な人から性被害の相談を受けたら、正しい対応できますか?
魂の殺人といわれる性暴力の被害者にとって正しい対応と必要な支援を実践に即してまとめたポケットブック。医療者のみならず、当事者、家族、学校関係者、職場関係者、保健関係者など、幅広い読者を対象にわかりやすく解説。性暴力支援に真摯に取り組む、医療者、弁護士、支援者など、それぞれの領域におけるリーダーが集結して執筆した力強い参考書。
序文
性暴力を「なかったこと」にしないために
筆者は産婦人科医として30年,女性を診る医療現場で,声にならない声に向き合ってきました。予期せぬ妊娠が性暴力の結果であるにもかかわらず,産まない選択をした女性が「ごめんなさい」と呟き,自身を責める一方で,加害者には何の制裁も加えられない。湧き上がった震えるほどの怒りは,今も心に刻まれています。
性暴力は個人の尊厳を踏みにじる重大な人権侵害であるにもかかわらず,司法の場で犯罪として認められ加害者に処罰が与えられるまでの道のりは長く,容易ではありません。
2017年,制定から110年を経て刑法強姦罪が改正され,非親告罪化や構成要件の見直しなどが行われました。
2018年,被害を受けた人々が回復への一歩を踏み出しやすくするために,「性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」が全国47都道府県すべてに設置されました。
性犯罪への対応が,歴史的な転換点を迎えたことは確かです。
しかし,全国どこでも質の高い対応が受けられるという状況にはまだ遠く,残念ながら,ワンストップ支援センターでの対応を担う医師の確保すら十分とはいえません。女性に対する暴力は公衆衛生上の重大な課題であるにもかかわらず,医学教育にはその医療対応や被害者の支援に関する教育が一切なく,女性を診るプロフェッショナルであるはずの産婦人科の診療ガイドラインでも,性暴力被害への対応を取り扱い始めたのは,わずか数年前のことです。
性暴力被害を心身の非常事態として客観的に捉え,回復への選択肢を示すことができる立場にある「医療」の果たす役割は大きいと思います。医療に携わるすべての者は,健康を取り戻すための選択肢を求めて医療機関を訪れた被害者に対して,適切な医療を提供するのみならず,公正な司法判断を導くための材料を見落とすことなく保全する医学的知識と技術を持つべきであろうと考えます。
本書では,性暴力被害を受けた人々に寄り添ってきた医師や支援者の皆様に,臨床ですぐに役立つ知識を中心にご執筆いただきました。裁判を見据えた初動対応や医学的評価,心身への影響や回復への支援などはもちろん,支援者に必要な視点や知っておくべき課題も織り交ぜて構成しました。渾身の思いを込めてご執筆頂いた皆様に,心より感謝申し上げます。
臨床の現場での対応マニュアルとして,これから性暴力被害者の救援に携わろうとする医療者の皆様のスタートアップとして,そして性暴力を許さない社会を作り上げたいと願うすべての皆様との課題共有の材料としてご活用いただき,「あったこと」を「なかったこと」にしないために医療ができることを考え,実践し,性暴力の根絶に向けてともに歩むための一助となることを心から願っております。
2020年9月
種部恭子
Ⅰ.性暴力被害とは
1.性暴力被害の現状 種部恭子
2.性暴力を受けた女性の心理状態と生活上の影響 井上摩耶子
3.医療者に伝えたいこと 伊藤詩織
Ⅱ.被害者支援の流れ
1.性暴力被害者の権利と情報提供 山本 潤
2.刑事裁判までの流れ、刑法の構成要件および医学的証明の位置づけ 角崎恭子
Ⅲ.医療機関における急性期対応
1.性暴力被害急性期の問診(二次被害の防止を含む) 河野美江
2.性暴力被害後急性期の婦人科的診察所見の取り方および証拠保全の実際 河野美江・種部恭子
3.損傷の臨床法医学的評価と記録の実際 髙瀬 泉
4.性感染症の検査と治療 山岸由佳 ・三鴨廣繁
5.薬物の証明 清水惠子
6.緊急避妊法 北村邦夫
7.性暴力による妊娠への対応 種部恭子
Ⅳ.心のケア
1.性暴力による心的外傷の理解と対応 浜垣誠司
2.回復への支援:フェミニスト・カウンセリング 周藤由美子
Ⅴ.子どもの被害への対応
1.子どもの面接,代表者聴取 仲真紀子
2.子どもへの性暴力の医学的評価 溝口史剛
3.性暴力被害への理解と学校における対応 金子由美子
資 料
・性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター
・その他の相談窓口と連絡先
・索引