序文
慢性腎臓病患者は年々増加傾向にあり,現在わが国では,総数で1,300万人を超えるともいわれています.慢性腎臓病は,末期腎不全だけでなく,心血管合併症の独立した危険因子であることから,この数年来,世界的に慢性腎臓病対策の重要性が唱えられてきました.最近,ようやくその成果が現れはじめ,一昨年(2009年)に初めて,これまで増加し続けてきた新規透析導入患者数が前年を下回り,今後,減少傾向に向かうことが期待されています.しかしながら,死亡者数より新規導入数がはるかに多いため,透析患者総数は未だに増加の一途をたどり,現在,30万人を超える勢いで増加しています.また,患者の高齢化や糖尿病合併例,長期透析例の増加により,腎代替療法の治療選択や合併症対策の重要性は年々増しているように思われます.
近年,「包括的腎代替療法」という概念が提唱され,治療選択や残存腎機能の重要性が強調されるようになりました.そのなかで,残存腎機能保持が優れている腹膜透析の有用性が見直され,"PD first"や"Incremental PD"のような透析導入の方法が提唱されています.しかしながら,わが国の透析患者に占める腹膜透析患者の割合は3.4%と極めて低く,その原因として,腎代替療法の治療選択に関する説明が十分に行われていないことがあげられます.ほとんどの医師が,血液透析,腹膜透析,腎移植という3つの治療法の長所・欠点,適応・不適応についてしっかりと患者さんに説明し,理解してもらった上で,どの治療法を選択するかを決定すべきである,ということを理解しているにもかかわらず,実際には十分な説明は行っておらず,特に,導入施設が血液透析しか施行していない場合,腹膜透析や腎移植に関する説明はごく簡単にしか行われていないのが現状だと思われます.
恥ずかしながらわれわれも,数年前に腹膜透析療法を開始するまでは血液透析に偏った情報提供を行ってきました.その結果,ほとんどの患者さんを血液透析に導入し,腹膜透析導入を目的に他院へ紹介するのは稀でした.当時は,それほど疑問を感じていませんでしたが,今振り返ると,医師として重要な仕事のひとつである情報提供ができていなかったことに呵責の念を覚えます.
この度「包括的腎代替療法」について起稿するにあたり,まず第1章に,"包括的腎代替療法の概念と治療選択"と題して,治療選択の現状と情報提供の重要性を記載しました.次に,第2章~第4章に腹膜透析,血液透析,腎移植の原理と適応,合併症について,第5章に栄養管理,第6章~第9章には,透析患者の合併症として特に重要であるCKD-MBD,血圧異常(高血圧,低血圧),腎性貧血,透析アミロイドーシスについて,できるだけ網羅的に,最新の知見を取り入れて編集・執筆しました.特に,血液透析に関しては,九州大学腎臓研究室の創始者で,われわれの目標とする医療の礎を築かれた藤見惺先生(現・福岡腎臓内科クリニック院長)から諸先輩方が教えを受け,現在もなお受け継がれている「長時間透析」について詳しく盛り込みました.そのなかでも述べていますが,5時間以上の透析患者が大半を占めるわれわれの関連施設の生命予後は,わが国の平均をはるかに上回っており,血液透析療法に関しては,世界で最も優れた医療を提供していると自負しています.そのことをふまえた上でご一読いただければ幸いに存じます.
本書を作成するにあたり,忙しい診療のなかでご執筆いただいた九州大学病態機能内科学腎臓研究室の先生方,また,今日まで研究室を発展させていただき,現在もなおご指導いただいています藤見惺先生,小野山薫先生,奥田誠也先生,平方秀樹先生に心より感謝申し上げます.最後に,大幅に脱稿が遅れたにもかかわらず我慢強くお待ちいただき,多大なるご尽力を賜りました新興医学出版社の皆様にも厚く御礼を申し上げます.
平成24年1月 鶴屋 和彦
第1章 包括的腎代替療法の概念と治療選択
Ⅰ. 包括的腎代替療法の概念…(鶴屋 和彦)
Ⅱ. 残存腎機能の重要性とその保持における腹膜透析の優位性…(鶴屋 和彦)
Ⅲ. 透析導入期の情報提供と治療法決定…(吉田 寿子)
1. RRT選択の現状
2. 治療法選択における包括的腎代替療法の意義
3. 各治療法のメリット・デメリット
4. 治療法説明のツールとタイミング
5. 透析療法の非導入
6. Informed consentからshared decision makingへ
第2章 腹膜透析療法
Ⅰ. 腹膜透析の原理…(鶴屋 和彦)
1. 腹膜の構造
2. 腹膜透析における水・溶質の輸送
3. 腹膜機能の評価法:腹膜機能検査(PET)
Ⅱ. 腹膜透析の種類と方法…(鶴屋 和彦,吉田 寿子)
1. 腹膜透析の種類と方法
2. 腹膜透析液の種類
3. 基本的なバッグ交換手技
Ⅲ. 透析量の評価法と至適透析量…(鶴屋 和彦)
1. 透析量の評価法
2. 至適透析量の臨床的な変遷
Ⅳ. 血液透析との比較…(鶴屋 和彦)
1. 腹膜透析の長所と短所
2. 予後に及ぼす影響
Ⅴ. 腹膜透析の合併症…(江里口雅裕,永江 洋)
1. 腹膜炎
2. カテーテル関連感染症(出口部感染,トンネル感染)
3. 非感染性カテーテル関連合併症
4. 腹膜劣化
5. その他の合併症
第3章 血液透析療法
Ⅰ. 血液透析の原理と特徴…(藤﨑毅一郎)
1. 透析療法の発明と臨床応用
2. 透析療法の原理
3. 血液透析(hemodialysis:HD)
4. 血液濾過(hemofiltration:HF)
5. 血液透析濾過(hemodiafiltration:HDF)
Ⅱ. 血液浄化療法の実際~透析液,ダイアライザー,抗凝固薬~…(永江 洋)
1. 透析液
2. 透析膜
3. 抗凝固薬
Ⅲ. 至適透析量の設定…(中野 敏昭)
1. 透析量の指標
2. 透析量と生命予後に関するこれまでの報告
3. 生命予後を改善する至適透析量
Ⅳ. バスキュラーアクセス…(藤﨑毅一郎)
1. 透析導入前のVA必要性の予測と準備
2. 術前評価
3. VAの種類
4. VAの合併症
Ⅴ. 血液透析に伴う合併症…(藤﨑毅一郎,鶴屋 和彦)
1. 不均衡症候群(dialysis disequilibrium syndrome)
2. 筋肉痙攣
3. 透析中の血圧低下
Ⅵ. 長時間透析…(中野 敏昭)
1. 透析時間に関するこれまでの報告
2. 生命予後を重視した透析時間の設定
第4章 腎移植
Ⅰ. 腎移植の歴史と現状…(土本 晃裕,升谷 耕介)
1. 腎移植の歴史
2. わが国における腎移植の現状と問題点
Ⅱ. 腎移植の特徴…(土本 晃裕,升谷 耕介)
1. 腎代替療法間の比較
2. わが国の臓器移植法
3. 腎移植の適応と禁忌,およびドナー・レシピエントの選択基準
4. ABO血液型不適合移植
5. 先行的腎移植(preemptive renal transplantation)
Ⅲ. 移植手術の実際…(北田 秀久)
1. レシピエント手術(腎移植術)
2. 生体腎ドナー手術
Ⅳ. 拒絶反応と免疫抑制療法…(升谷 耕介)
1. 拒絶反応の分類とその所見
2. 免疫抑制療法
Ⅴ. 移植腎生検…(升谷 耕介)
Ⅵ. 移植腎機能障害の原因(拒絶反応以外)…(土本 晃裕)
1. CNIによる腎障害
2. 原疾患の再発
3. BKウイルス腎症
4. ネフロン数ミスマッチ.
5. 全身疾患に伴うもの(腎硬化症,糖尿病性腎症など)
Ⅶ. 腎移植後の内科合併症…(土本 晃裕)
1. 感染症
2. 高血圧
3. 糖尿病
4. 脂質異常症
5. 悪性腫瘍
6. 副甲状腺機能亢進症
Ⅷ. 腎移植に関する今後の課題…(升谷 耕介)
第5章 透析患者の栄養管理
Ⅰ. 透析患者の栄養障害…(中野 敏昭)
Ⅱ. 栄養評価法…(中野 敏昭)
1. 食事摂取量調査
2. 身体計測
3. 生化学的検査
4. 包括的な栄養スクリーニング
Ⅲ. 栄養摂取の目標値…(中野 敏昭)
1. エネルギー
2. 蛋白質
3. 食塩
4. 脂質
5. ビタミン
第6章 慢性腎臓病に伴うミネラル骨代謝異常
Chronic Kidney Disease-Mineral and Bone Disorder:CKD-MBD
Ⅰ. CKD-MBDの概念…(谷口 正智)
Ⅱ. 二次性副甲状腺機能亢進症…(谷口 正智)
1. 副甲状腺の主な機能
2. CaによるPTH調節機構
3. ビタミンDによるPTH調節機構
4. PによるPTH調節機構
5. 二次性副甲状腺機能亢進症の病態およびその機序
6. 副甲状腺過形成と治療抵抗性
7. 二次性副甲状腺機能亢進症に対する治療
Ⅲ. 血管石灰化…(山田 俊輔)
1. CKDにおける血管石灰化と生命予後
2. 異所性石灰化としての血管石灰化とその臨床像
3. 血管石灰化の発症機序
4. 血管石灰化の診断と評価方法
5. CKD-MBDの管理による血管石灰化の予防と治療
6. 血管石灰化の可逆性
7. CKD-MBDのガイドラインと血管石灰化
Ⅳ. CKD-MBDに伴う骨病変…(山田 俊輔)
1. 骨の生理
2. 従来の骨病変分類
3. KDIGOが定める新しい骨症分類
4. 骨病変の診断と評価方法
5. 腎性骨症の治療
6. 骨折に関する疫学
Ⅴ. CKD-MBDガイドライン…(山田 俊輔)
1. CKD-MBDのガイドラインとその特徴
2. 日本透析医学会のガイドライン
3. KDIGOガイドライン
4. JSDTガイドラインが抱える今後の課題
5. 無作為化比較試験に基づく薬剤選択
第7章 血圧異常
Ⅰ. 高血圧…(藤﨑毅一郎,鶴屋 和彦)
1. 透析患者における高血圧の機序
2. 高血圧が予後に及ぼす影響
3. 透析患者の高血圧の治療
Ⅱ. 低血圧…(藤﨑毅一郎)
1. 透析患者の低血圧の分類
2. 低血圧の管理
第8章 腎性貧血
Ⅰ. 腎性貧血治療の変遷…(鶴屋 和彦)
Ⅱ. 腎性貧血の発現時期…(鶴屋 和彦)
Ⅲ. 貧血およびESA治療が予後に及ぼす影響…(鶴屋 和彦)
1. 生命予後に及ぼす影響
2. 左室肥大やCVD発症,CKDの進展に及ぼす影響
Ⅳ. 貧血治療の開始時期…(鶴屋 和彦)
Ⅴ. Hb値正常化がCVDを抑制できなかった原因(想定される機序)…(鶴屋 和彦)
Ⅵ. 大規模多施設RCTの解釈…(鶴屋 和彦)
Ⅶ. CHOIR試験,CREATE試験以降のESA治療に対する認識の変化…(鶴屋 和彦)
1. Hb上限についての警告
2. FDAによる合同聴聞会
Ⅷ. Hb値変動の予後に及ぼす影響…(鶴屋 和彦)
Ⅸ. TREAT研究の結果と波紋…(鶴屋 和彦)
第9章 透析アミロイドーシス
Ⅰ. 透析アミロイドーシスの発症機序…(豊永 次郎)
Ⅱ. 透析アミロイドーシスの発症リスク…(豊永 次郎)
1. 長期透析例
2. 高齢者
3. 生体適合性が低い透析膜
4. 透析液の水質の悪さ
5. 遺伝的素因
Ⅲ. 透析アミロイドーシスの診断と臨床症状…(豊永 次郎,末廣 貴一)
1. 手根管症候群
2. ばね指
3. 肩関節周囲炎
4. 骨嚢胞
5. 破壊性脊椎関節症(destructive spondyloarthropathy:DSA)
6. 消化管病変
Ⅳ. 透析アミロイドーシスの予防と治療…(末廣 貴一)
1. 血液透析療法
2. 血液濾過(hemofiltration:HF),血液濾過透析(hemodiafiltration:HDF)
3. 透析液の清浄化
4. 透析時間
5. β2ミクログロブリン吸着カラム
6. 保存的治療
7. 外科的治療
Ⅴ. 腹膜透析(peritoneal dialysis:PD)と透析アミロイドーシス…(末廣 貴一)
Ⅵ. 腎移植と透析アミロイドーシス…(末廣 貴一)
索引