序 文
医療には,さまざまな場面がある.昨年,著者らは主に外来の場面を舞台に訴訟事例を題材にした『内科医のための訴訟事例から学ぶ日常診療のクリティカルポイント―外来・刑事責任編』を上梓し,今回はその続編として本書『入院・医療従事者の健康管理編』をまとめた.
外来診療同様,入院診療にもさまざまなピットフォールがある.医療は常にリスクと向き合っている.どの医療従事者もリスクに考慮して,日々の診療の中で対処している.しかし,思わぬところに大きなリスクが潜むことがある.本書では,さまざまな場面で生じた事例について詳しく解説している.過去の経験を共有することは,大きな意味がある.本書は,あくまでも医師の立場からそれらのピットフォールについて検討したものであり,その内容は日々の診療の役に立つものと考えている.
また,後半は,医療従事者の健康管理についても取り上げた.医師や看護師不足を背景に,医療従事者を取り巻く労働環境は過酷になっており,社会問題化している.医師の過労死・過労自殺が関係した訴訟事例は,その現状を,厳しく指し示し,医療従事者の健康管理の重要性は益々高まっている.
本書の主たる著者である日山亨医師は臨床医であり,同時に健康管理医でもある.また,日山恵美氏は法律を専門とする者である.本書はこのような著者らの協同作業として,よりよき医療とその体制を願い,まとめられている.本書がその一助になれば幸いである.
2011年3月
広島大学保健管理センター
センター長 吉原 正治
第 1 部 入院編
1.中枢・末梢神経疾患
【ケース 1-1】
無菌性(ウイルス性)髄膜炎と診断し加療した患者が,実は単純ヘルペス脳炎であり,症候性てんかん・言語障害などの後遺症を残した事例
(大阪地裁平成 10 年 10 月 21 日判決,判例時報 1702 号 125 ページ)
【ケース 1-2】
血液透析患者が結核性髄膜炎にて死亡した事例
(徳島地裁平成 14 年 7 月 5 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
【ケース 1-3】
脳梗塞急性期の治療内容が問題とされた事例
(新潟地裁平成 15 年 3 月 27 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
【ケース 1-4】
めまいと発語障害を認める患者をメニエール症候群と診断し治療したが,実はギラン・バレー症候群であり,呼吸不全で死亡した事例
(大分地裁昭和 60 年 10 月 2 日判決,判例タイムズ 577 号 75 ページ)
【ケース 1-5】
ギラン・バレー症候群の患者を長距離移送中,心停止をきたした事例
(福岡地裁平成 19 年 2 月 1 日判決,判例時報 1993 号 63 ページ)
【ケース 1-6】
パーキンソン病および軽度認知症のある患者がベッドから転落し,外傷性クモ膜下出血で死亡した事例
(東京地裁平成 8 年 4 月 15 日判決,判例時報 1588 号 117 ページ)
【ケース 1-7】
両下肢麻痺のある高齢患者がベッドから窓の外に転落し,死亡した事例
(高知地裁平成 7 年 3 月 28 日判決,判例タイムズ 881 号 183 ページ)
2.呼吸器疾患
【ケース 2-1】
気管支喘息を有する患者の鼻ポリープの手術後,鎮痛・解熱薬投与によりアナフィラキシー様ショックを生じ死亡した事例
(広島高裁平成 4 年 3 月 26 日判決,判例タイムズ 786 号 221 ページ)
【ケース 2-2】
抗菌薬の副作用の間質性肺炎により患者が死亡した事例
(奈良地裁葛城支部平成 14 年 11 月 27 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
3.循環器疾患
【ケース 3-1】
感冒様症状の患者が,呼吸困難や頻脈,湿性ラ音などの症状を呈し,急死した事例
(徳島地裁平成 15 年 4 月 18 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
【ケース 3-2】
上腹部痛,腹部膨満感を訴えた 31 歳の若年患者が,入院後死亡した事例
(大阪高裁平成 2 年 4 月 27 日判決,判例時報 1391 号 147 ページ)
【ケース 3-3】
留置した IVH カテーテルのループが自然に解除し,その先端が右心房壁を貫いて,患者が心タンポナーデにより死亡した事例
(大阪地裁平成 13 年 12 月 17 日判決,医療訴訟ケースファイル(判例タイムズ社刊),2 ページ)
【ケース 3-4】
心臓カテーテル検査の際の説明内容が問題とされた事例
(大阪地裁平成 14 年 11 月 29 日判決,判例時報 1821 号 41 ページ)
4.消化器疾患
【ケース 4-1】
急性虫垂炎の診断時期が問題とされた事例
(東京地裁平成元年 12 月 22 日判決,判例時報 1350 号 78 ページ)
【ケース 4-2】
多発性肝腫瘍の患者が,抗菌薬投与後に下痢症状を呈し死亡した事例
(広島地裁呉支部平成 13 年 11 月 30 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
【ケース 4-3】
糞便性イレウスから腸管壊死・穿孔をきたし,死亡した事例
(盛岡地裁昭和 57 年 9 月 22 日判決,判例時報 1050 号 118 ページ)
【ケース 4-4】
抗菌薬のアナフィラキシーショックによる死亡に際し,医師の抗菌薬投与時の看護師に対する適切な指示がなかったことが問題とされた事例
(最高裁平成 16 年 9 月 7 日判決,判例時報 1880 号 64 ページ)
【ケース 4-5】
入院中の患者が上腸間膜動脈閉塞症を発症し,腸管壊死となって死亡した事例
(東京地裁平成 18 年 4 月 27 日判決,判例タイムズ 1233 号 287 ページ)
【ケース 4-6】
重症急性膵炎の患者に対して,膵酵素阻害薬持続動注療法や持続的血液ろ過透析療法などについて説明しなかったことが問題とされた事例
(東京地裁平成 16 年 3 月 25 日判決,判例タイムズ 1163 号 275 ページ)
5.代謝疾患
【ケース 5-1】
糖尿病性ケトアシドーシスの治療後,四肢麻痺などの後遺症が残った事例
(千葉地裁平成 16 年 2 月 16 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
【ケース 5-2】
高カロリー輸液投与中の患者が,代謝性アシドーシスを発症し死亡した事例
(金沢地裁平成 17 年 4 月 15 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
6.乳腺疾患
【ケース 6-1】
乳がんの手術の際の説明内容が問題とされた事例
(最高裁平成 13 年 11 月 27 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
7.腎疾患
【ケース 7-1】
ネフローゼ症候群に対しステロイドで治療中の患者が,深部静脈血栓症・肺塞栓症を発症した事例
(京都地裁平成 17 年 1 月 11 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
【ケース 7-2】
内頸静脈に留置しようとした血液透析用のカテーテルが右総頸動脈に挿入され,患者の右頸部に醜状痕が残った事例
(京都地裁平成 19 年 11 月 22 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
【ケース 7-3】
熱中症に対するクーリングの方法が問題とされた事例
(福岡地裁平成 15 年 10 月 6 日判決,判例時報 1853 号 120 ページ)
【ケース 7-4】
マラソン中に転倒した高校生を脳震盪と診断し治療したが,実は熱中症であり,死亡した事例
(静岡地裁沼津支部平成 6 年 11 月 16 日判決,判例時報 1534 号 89 ページ)
8.血液疾患
【ケース 8-1】
医師の患者に対する発言内容が問題とされた事例
(大阪地裁平成 8 年 4 月 22 日判決,判例時報 1585 号 66 ページ)
9.精神疾患
【ケース 9-1】
一般病院に入院中の統合失調症を有する患者が,同室の患者を角材で殴打し死亡させた事例
(大津地裁平成 12 年 10 月 16 日判決,判例タイムズ 1107 号 277 ページ)
10.整形外科疾患
【ケース 10-1】
リハビリ中に転倒して,頭部を打撲し死亡した事例
(東京地裁平成 14 年 6 月 28 日判決,判例タイムズ 1139 号 148 ページ)
11.皮膚科疾患
【ケース 11-1】
糖尿病を有する寝たきり患者の体位変換が不十分で褥瘡を形成,腎機能が悪化し死亡した事例
(東京地裁平成 9 年 4 月 28 日判決,判例タイムズ 949 号 193 ページ)
【ケース 11-2】
薬剤の副作用による中毒性表皮融解壊死症で死亡した患者に対する,投薬の際の説明内容が問題とされた事例
(高松高裁平成 8 年 2 月 27 日判決,判例時報 1591 号 44 ページ)
【ケース 11-3】
スティーブンス・ジョンソン症候群の患者が治療を拒否し,多臓器不全などで死亡した事例
(福岡高裁平成 14 年 5 月 9 日判決,判例時報 1803 号 36 ページ)
12.小児科疾患
【ケース 12-1】
扁桃が腫大した患児が,病院食で出されたバナナを誤嚥,窒息により死亡した事例
(東京地裁平成 13 年 5 月 30 日判決,判例時報 1780 号 109 ページ)
13.その他
【ケース 13-1】
ICG 検査によりアナフィラキシー(様)ショックを起こし,いわゆる植物状態になった事例
(横浜地裁平成 15 年 6 月 20 日判決,判例時報 1829 号 97 ページ)
【ケース 13-2】
担当医師の不安をあおるような言葉(ドクターハラスメント)により,著しい精神的苦痛を受けたと訴えられた事例
(東京地裁平成 19 年 7 月 12 日判決,裁判所ホームページ)
【ケース 13-3】
ジャクソンリース回路と気管切開チューブの接合部で呼吸回路の閉塞をきたし,患児が死亡した事例
(東京地裁平成 15 年 3 月 20 日判決,判例時報 1846 号 62 ページ)
【ケース 13-4】
患者死亡後の家族に対する説明内容が問題とされた事例
(広島地裁平成 4 年 12 月 21 日判決,判例タイムズ 814 号 202 ページ)
【ケース 13-5】
患者が急性心筋梗塞の治療の際,医師の過失により神経損傷を生じたとして,5 年以上入院したまま退去しない患者に対し,病院退去等が命じられた事例
(名古屋高裁平成 20 年 12 月 2 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
第 2 部 医療従事者の健康管理編
【ケース 1】
大学病院研修医が自宅マンションで死亡した事例
(大阪高裁平成 16 年 7 月 15 日判決,労働判例 879 号 22 ページ)
【ケース 2】
公立病院勤務の麻酔科医が急性心機能不全により,急死した事例
(大阪高裁平成 20 年 3 月 27 日判決,判例タイムズ 1275 号 171 ページ)
【ケース 3】
総合病院に勤務し長時間労働していた外科医が,転勤直後自殺した事例
(水戸地裁平成 17 年 2 月 22 日判決,判例時報 1901 号 127 ページ)
【ケース 4】
総合病院勤務の小児科医が自殺した事例
(東京地裁平成 19 年 3 月 14 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
【ケース 5】
総合病院勤務の麻酔科医が,病院で自殺した事例
(大阪地裁平成 19 年 5 月 28 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
【ケース 6】
医学部新入生がクラブの新入生歓迎コンパで大量飲酒後,他の新入生のアパートに運ばれ,翌朝死亡した事例
(熊本地裁平成 18 年 11 月 14 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
【ケース 7】
看護助手が,激しく暴れる患者にかみつかれ,C 型肝炎などを発症した事例
(大阪地裁平成 16 年 4 月 12 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
【ケース 8】
病院勤務の看護師が消毒薬(グルタールアルデヒド)により化学物質過敏症を発症した事例
(大阪地裁平成 18 年 12 月 25 日判決,裁判所ホームページ判例検索)
Q&A
Q1.医薬品の添付文書は絶対従わないといけないもの?
Q2.患者側はどこに問題があったと訴えているのか?
Q3.最近の消化器内視鏡が関係した訴訟事例の傾向は?
Q4.宗教上の理由から輸血(自己血を含む)を拒否している患者が,内視鏡的治療などの観血的治療が必要と分かった場合,緊急時の対応が困難ということで,診療を拒否することはできる?
Q5.病院職員間のいじめが問題になった訴訟事例はある?
Q6.病院職員間のセクハラが問題になった訴訟事例はある?