序 文
2009年暮,「患者愁訴にフォーカスした透析治療」を日本内科学会一般演題プレナリーセッションに採択するとメールが届いた。これには正直驚いた。なんせ522演題中の14演題,しかも透析の演題はこれまでにほとんどない。けれどその時,世の中少しは変わりつつあるのかなと思ったのは,その年のアメリカ腎臓学会でも関連演題が3題とも採択されていたからだ。昔からずっと,そして今でもアメリカ的なものや権威的なものに意地を張り続けている自分がいるのだが,このふたつの出来事はホントにうれしかった。少し恩返しができたような気がしたからだ。
2009年夏,僕は透析治療の師匠である石崎允先生(永仁会病院,宮城県大崎市)をガンで亡くした。「患者は嘘を言わない。」「患者の言っていることの裏に,どんなメカニズムがあるのかを科学的に実証するのが医者の仕事だ。」石崎先生の言葉がヒントとなって,患者愁訴にフォーカスした透析治療;Patient oriented dialysis(愛Pod計画)のコンセプトができあがった。動物的とも言える勘で内在する真実をかぎ当てるが,口下手で他人から見ると論理の飛躍に見えてしまう石崎先生の教えを,わかりやすく皆に伝えることが自分の仕事なのだと思っていた。
2010年4月,内科学会発表の当日,僕は発表の30分くらい前に会場入りし,前の発表者を観察していた。東京国際フォーラムのメイン会場正面には大きなスライド画面があり,向かって左側の演者後方には発表する演者の姿が大写しになっていた。初めて経験する大がかりなセッティングに,ちょっと緊張したがすぐに会場の雰囲気に違和感を覚えた。「あれっ,演者と目が合わないな。」演者は自分を映すカメラの位置をわかっていないのだ。カメラの位置をすかさずチェックして登壇し,カメラを見つめながらいつものように話し終えた。今振り返ってみるとこれまでの講演の中で一番テンションが高かったように思う。やはりどこか挑戦的な気分でいたのだろう。
山形に戻ってしばらくしたら,新興医学出版の林峰子社長から愛Podを本にしないかと手紙が届いた。縦書きの青いインクの達筆で,つくづく縁だなと愛Pod計画をあずけることを決めた。僕は旅先で親しい友人に絵はがきを書くとき,いつも青インクの万年筆をつかっている。石崎允先生は山形の田舎で威張っていた僕を,日本を代表する腎不全医療業界の先生方との縁に導いてくれた。わが国の腎不全医療,移植医療の父である故太田和夫先生に引き合わせてくれたのも石崎先生だった。
「政金君。まさかねーっ。」教科書でしか知らなかった大教授は人なつっこく,ジョークが好きで,ちょっと手塚治虫に似ているなと思った。「山形に政金というやつがいるから応援してやってくれ。」八重洲口の事務所を訪れるたくさんの人に,繰り返し話してくれていたのだと多くの人から伝え聞いた。そのおかげでいくつかの研究会を山形で開催することができたし,何より今の僕がある。しかし2010年の7月,石崎先生を失って1年もしないうちに,大切な恩師である太田先生もお亡くなりになった。太田先生もまた患者の思いを一番に考える人であった。権威に巻かれない独立心,仲間を大切にすることを教え,僕を新たな縁に導いてくれた。今僕は多くの人の縁に導かれて,彼らの教えを一冊の本にまとめるところまで来た。僕をその縁に導き患者中心の視点という臨床医の基本を教えてくれた二人の偉人に本書を捧げる。
2011年5月
政金生人
序 文
1. プロローグ
A 好奇心旺盛な老人たちと秋田の竿灯
B 九州の医者バイ
2. 適正透析・よい透析とはなにか
A 適正透析の指標
B よい透析の定義
3. 透析液清浄化の重要性
A ひょんなきっかけで
B 透析液清浄化の効果
4. HD・HDFにおけるダイアライザの選択
A ダイアライザ選択の着眼点
B 物質除去特性と栄養学的有用性
C 生体適合性とダイアライザの選択
5. MIA症候群の予防
A 長期透析合併症としての栄養障害
B 透析条件と栄養状態
C MISシートを用いたNST活動
D MISと生命予後
6. 愛Pod調査による患者愁訴のモニタリング
A どのような症状に着目すべきか
B 愛Pod調査に見る患者の愁訴
7. 透析低血圧対策
A 透析低血圧はなぜ悪い
B 透析液の清浄化・透析膜選択の重要性
C 心機能とシャント
D 適切なドライウエイトの設定
E 低血圧対策としてのオンラインHDF
F 透析液酢酸の悪影響
G 初回透析時の注意
H ゆっくりと条件を整える
8. かゆみ・イライラ・不眠対策
A 透析患者のかゆみの考え方
B 実際の透析処方
C われわれの治療成績
9. アミロイド骨関節痛対策
A 骨関節痛の考え方
B アミロイド骨関節痛に対する透析
C アミロイド症以外の骨関節痛
10. 高齢者透析のコツ
A 元気で暮らしているかどうかがもっとも大切
B 高齢者の透析処方
11. 透析プログラムの考え方
A トロントの在宅血液透析
B 患者への説明・長時間への誘い
12. 患者中心の療法選択
A 血液透析か腹膜透析か?
B 愛Pod的療法選択
13. 患者とのコミュニケーション
A インフォームドコンセントと患者様
B 峯岡智恵婦長の思い出
C 患者の思いと医療者の思いは往々にしてすれ違う
D 仕事のやりがい
E 日本語力を磨く・会話力を磨く
14. エピローグ
A 臨床医のあるべき姿
B 錦の御旗
C キッド&レンの誕生
D いかしたネクタイを締めて
謝 辞
索 引
付録1 MISと愛Podの流れ
付録2 MISシート
付録3 愛Pod調査票(ver. 3.1)