はじめに
「精神疾患と認知機能研究会」が行ってきた研究成果をまとめる形で、モノグラフ「精神疾患と認知機能」が発刊されたのは、平成21年8月のことであった。このモノグラフは、主として第7回までの「精神疾患と認知機能研究会」の研究成果を土台として作られたものであるが、その際の編集方針は、「これまでの報告ならびに得られた知見に基づき、精神医学領域における認知機能に関する概念を整理し、さらに最新の知識を新たに付け加えて、精神疾患と認知機能に関する最初のまとまったモノグラフを発刊し、今後のこの領域の発展の礎とすることを目指す」というものであった。
幸い、編集担当の幹事や執筆者の協力の下に、編集の趣旨にしたがって認知機能を脳の働きとしてとらえ、いくつかの視点から認知機能の基本を明らかにすることができた。その上で、個別の疾患についても認知機能とその障害を概観し、治療的観点から認知機能の改善について言及した。その結果、「精神疾患と認知機能」は、精神・神経学領域の認知機能に関する総合的・包括的モノグラフとなった。
ところで、「精神疾患と認知機能研究会」が第10回という節目を迎えた平成22年の研究会では、「精神科領域における主たる精神疾患である"統合失調症"ならびに"気分障害"について認知機能の立場からシンポジウムを開催する」こととした。このシンポジウムには"治療によって認知機能は改善するか"という重要なテーマも設定され、節目の研究会にふさわしい企画がたてられた。
このような意図の下に開催された第10回研究会はいずれも充実した内容で、認知機能から見た統合失調症ならびに気分障害についての重要な知見が、まとまった形で示された。そこで、この時の研究会の成果を、「最近の進歩」という形でまとめ、新たな10年に向けての出発点としたいという機運が高まり、出版されたのが本書である。
先に発刊された「精神疾患と認知機能」が基礎的・基本的な内容も含めた包括的なモノグラフとすれば、このたびの「精神疾患と認知機能―最近の進歩」は、対象ならびに目標をより明確化したうえで、最新の知見が盛り込まれたものとなった。両書を併せて斯界の研究者に寄与するところがあれば幸甚である。
本書の出版が、今後の「精神疾患と認知機能」の研究の推進に役立つことを願っている。
平成23年8月
編集統括 山内俊雄
編集担当 大森哲郎 小澤寛樹 笠井清登
鹿島晴雄 倉知正佳 小島卓也
小山 司 武田雅俊 丹羽真一
林 拓二 松岡洋夫
第Ⅰ章 統合失調症と認知機能
認知機能を通して明らかとなった統合失調症の病態について
1. 統合失調症の発症過程と認知機能 (松岡洋夫)
A . 早期介入研究と臨床疫学研究から見えてきたこと
B . 精神病の早期介入と認知障害
C . 精神病発症前の社会機能障害と認知障害
D . 統合失調症の異種性と認知障害
2. 統合失調症の各病期における精神生理学的データ ~MMNとMRS~(永井達哉、井上秀之、笠井清登)
A . MMN
B . MRS
3. 統合失調症の異種性と認知機能 (松島英介、小島卓也)
A . 統合失調症患者の探索眼球運動
B . 統合失調症の基底症状と探索眼球運動
C . 統合失調症の探索眼球運動に対する人種、文化の影響
D . 統合失調症の素因と探索眼球運動
E . 探索眼球運動を用いた統合失調症患者と非統合失調症者の判別の試み
F . 統合失調症の機能画像と探索眼球運動
G . 統合失調症における眼球運動と遺伝子解析
H . 統合失調症の診断への応用
4. 統合失調症の認知機能障害はどこまで改善し得るか?(住吉太幹)
A . 認知機能障害とその意義
B . 抗精神病薬の効果と検証
C . 認知機能増強療法
D . 電気生理学的評価
5. 統合失調症の認知機能障害のまとめ(小島卓也)
A . 統合失調症の発症過程と認知機能
B . 統合失調症の認知機能障害はどこまで改善し得るか?
C . 統合失調症の病期とMMNおよびMRSの関係
D . 統合失調症の異種性と認知機能(探索眼球運動の結果)
E . 統合失調症の認知機能障害をどう考えるか
第Ⅱ章 気分障害と認知機能
認知機能を通して明らかとなった気分障害の病態
1. 気分障害と心の理論 (井上由美子、山田和男、神庭重信)
A . 社会脳、社会的知能、社会的認知
B . 社会的認知を構成する要素
C . 心の理論
D . ミラーニューロンシステム(MNS)とToM
E . 気分障害(Mood disorder)とToM:研究結果の紹介
F . 気分障害とToM;まとめと考察
G . 気分障害とToM;その概念を越えて
2. うつ病の認知機能と社会復帰を目指した回復期治療(北川信樹)
A . 当科におけるうつ病の職場復帰支援プログラムの概要と認知機能検査
B . 認知機能に関する諸検討
C . 回復期治療における認知機能の意義と役割
D . 結 語
3. うつ病の認知機能障害の脳内機構(岡田 剛、岡本泰昌、土岐 茂、志々田一宏、山脇成人)
A . 言語流暢性を用いた検討
B . 将来予測
C . 自己関連づけ
4. Neural oscillationを指標とした双極性障害の脳機能研究(織部直弥、鬼塚俊明、神庭重信)
A . 背 景
B . 研究方法
C . 結 果
D . 考 察
5. 気分障害と認知機能―まとめにかえて―(大森哲郎)
A . うつ病の神経認知
B . うつ病の社会認知
C . うつ病の認知機能障害の脳内機構
D . State、Trait、疾患特異性
E . 認知機能障害と認知療法
F . 双極性障害の認知機能障害
G . 双極性障害の認知機能障害の脳内機構
第Ⅲ章 治療によって認知機能は改善するか
認知機能からみた精神疾患の治療効果
1. セロトニン神経系と認知機能 (大野行弘)
A . 5-HT受容体と認知機能
2. 統合失調症のグルタミン酸仮説に基づいた新規認知機能改善薬(橋本謙二)
A . 代謝型グルタミン酸受容体作動薬およびグルタミン酸カルボキシラーゼⅡ阻害薬
B . D-アミノ酸酸化酵素阻害薬
C . グリシントランスポーター阻害薬
D . α7ニコチン受容体作動薬
E . 抗生物質ミノサイクリン
3. rTMSと認知機能 (篠崎和弘、鵜飼 聡、辻富基美)
A . 磁気刺激による認知機能改善の試みの背景
B . メタ解析など
C . 健常群での認知機能の改善
D . 患者での認知機能の改善
E . rTMSによる認知機能の改善の展望
4. 統合失調症の精神障害リハビリテーションと認知機能(池淵恵美)
A . 精神障害リハビリテーションの目指すものと認知機能
B . 認知機能リハビリテーション
C . 認知機能リハビリテーション以外の認知機能を介在して社会生活の回復を目指す介入
D . 認知機能への介入の治療的な意義
5. 加齢・精神疾患による認知機能の変化―加齢による認知機能低下は必然か―(武田雅俊)
A . 平均寿命の延長と個体間のばらつき
B . 認知機能の加齢変化とは何か
C . 加齢とIQ
D . 脳形態の加齢変化
E . 認知機能に関わる神経回路
F . 加齢による認知機能変化に関与する遺伝子
おわりに
索 引