子どものうつ病に対し、一般の児童精神科外来でできる精神療法とはどのようなものか。著者が独自に考える精神療法の基本形「5ステップ・アプローチ」の治療の実際を紹介した。
はじめに
精神科医になって30年余りがたった。その多くの期間,児童・青年期の臨床に携わってきた。また,近年は子どものうつ病の臨床をライフワークとして行っている。児童精神科医を志していた頃と比べると,子どものうつ病の概念は大きく変貌をとげ,治療的アプローチにも大きな変化があった。そこで子どものうつ病を概観し,主にその精神療法的アプローチについて述べてみたいと考えた。
子どものうつ病は,1980年以降に大人のうつ病の診断基準を満たす子どもの存在が認められるようになったことから注目を集めるようになった。つまり,当初は大人のうつ病と同じ概念であったのだ。その後,子どものうつ病には,注意欠如・多動性障害(ADHD),素行障害,自閉症スペクトラム障害(ASD)などの発達障害が併存しやすいことが明らかになってきた。最近では双極性障害の問題がクローズアップされている。
治療的アプローチにおいては,薬物療法として選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が登場し,その効果と限界が検討された。精神療法としては,海外では認知行動療法(CBT)や対人関係療法(IPT)の有効性を示すエビデンスが報告されているが,わが国では精神療法の系統的な研究はいまだに行われていないのが現状である。そして2013年5月,アメリカ精神医学会はDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版)を発刊したのである。本書でも述べるが,子どものうつ病として新たな概念が加わった。
また,子どものうつ病概念の変遷と並行するかのように,わが国の児童精神医学界に空前の「発達障害バブル」の波が押し寄せてきたのである。近年の児童精神医学会の発表の多くは発達障害に関連した内容である。私が児童精神科医を目指して初めて参加した学会とは隔世の感がある。ただし,発達障害という診断をする際には十分な慎重さと覚悟が必要である。ADHDやASDという診断をすることによって,すなわちある枠組みを通して子どもを見ることによって,物事がくっきりと整理されて見えるような気がするものである。しかしその反面,一人ひとりの子ども固有の悩みや苦しみ,喜びや楽しみ,そして日常の生活など,大切なものが見失われてしまう危険性があることを知る必要がある。発達障害の診断が増加したことによって,子どもの精神療法に何か発展はあっただろうか。
本書を執筆しようと考えたのは以上のような背景がある。子どものうつ病に対する精神療法的アプローチとはどのようなものなのか。一般の児童精神科外来で行うことができる精神療法とはどんなものかを考えてみた。
現在私は小児科発達障害クリニックにおいて,週に1日,児童精神科外来を行っている(大学病院でも週に1日再来診察のみを行い,児童期に初診した患者さんをフォローしている)。その多くはうつ病の子どもであり,発達障害の傾向をもっている子どもが多い。新患は1日平均2人,再患は1日平均30人である。新患診察は1人30分,再患診察は1人15分を原則としている。正式なCBTやIPTは行っておらず,ごく一般的な精神療法的アプローチを行い,薬物療法を併用することが多い。
私の子どものうつ病に対する精神療法は,多くの精神療法の考え方を統合し,折衷したアプローチである。うつ病の子どもに対する基本的な姿勢は,目の前の子どもは何を苦しんでいるのか,その苦しみはどこから生まれてくるのか,その苦しみを軽くするにはどうしたらよいか,という疑問をつねに自らに問い続けることである。そして,15分間の中で,その子どもに応じて,認知行動療法的アプローチをとり入れたり,非言語的アプローチを試みたり,家族へのアプローチを行ったりするのである。
わが国の多くの臨床家も治療環境は私とほとんど同じなのではないだろうか。CBTやIPTに興味があっても,1回1時間の面接はなかなか組み入れられないのが現状である。現実に即して考えると,1回15分間の精神療法的アプローチをいかに計画的に,目的を明確にしながら行っていくかが重要なポイントなのではないかと思う。その意味では,ごく普通の,きわめて常識的な精神療法的アプローチである。
本書は大きく4章から構成されている。第1章では,子どものうつ病の最前線について詳しく述べた。DSM-5のうつ病の考え方,新しい概念,子どもの双極性障害などについて解説した。第2章では,子どもの精神療法について,その基本的な考え方を述べた。いわば総論である。第2~4章では3症例を提示し,私の治療の実際を紹介した。症例Aは,私がうつ病の子どもに対する精神療法の基本形と考えている「5ステップ・アプローチ」を紹介した。症例Bは,当初はうつ病で受診し,その後青年期になって解離性障害が顕著になり,最終的には双極性障害に発展した長期経過を示した。症例Cは,非言語的アプローチをとり入れた症例である。青年期以降の経過も含めて紹介し,生き方を問い直す契機としてのうつ病について言及した。なお,症例の提示に際し,掲載することに関してその主旨を十分に説明し,本人および家族の同意を得た。また,プライバシー保護のため,匿名性が保たれるように十分に配慮した。
本書は以上の構成からなっている。本書が多くのうつ病に関わる臨床家,およびうつ病に苦しむ子どもたちとご家族にとって何らかの気づきにつながり,お役に立つことができれば幸いである。
2014年3月吉日
傳田健三
第1章 子どものうつ病最前線
Part1 子どものうつ病はどんな病気か
Ⅰ 子どものうつ病の国際基準
Ⅱ 気分障害の中のうつ病
Ⅲ うつ病(大うつ病性障害)の9つの症状
Ⅳ 併存障害(comorbidity)
Ⅴ 子どものうつ病の疫学
Ⅵ 子どものうつ病の経過と予後
Ⅶ 子どもの双極性障害
Part2 子どものうつ病最前線―DSM-5をめぐって―
Ⅰ DSM-5のうつ病
Ⅱ 重篤気分調節症(DMDD)とはどんな疾患か
Part3 子どものうつ病に対する治療ガイドライン
Ⅰ うつ病治療ガイドライン
Ⅱ 児童・青年期の大うつ病性障害に対する薬物療法
Ⅲ 児童・青年期のうつ病に対する精神療法
Ⅳ 児童・青年期のうつ病性障害に対する治療ガイドライン
Ⅴ 子どもの双極性障害の治療
第2章 子どものうつ病の精神療法
Part1 子どもの精神療法の基本的な考え方
Ⅰ 子どもの心に出会うこと
Ⅱ 子どもの精神療法的アプローチの基本方針
Part2 子どものうつ病への精神療法―認知行動療法と対人関係療法―
Ⅰ 認知行動療法(CBT)
Ⅱ 対人関係療法(IPT)
Part3 子どものうつ病に対する5ステップ・アプローチ
Ⅰ 5ステップ・アプローチとは何か
Ⅱ 5ステップ・アプローチの実際
Ⅲ 子どものうつ病に対する5ステップ・アプローチの進め方
第3章 子どものうつ病と家族へのアプローチ
Part1 家族へのアプローチの基本的な考え方
Part2 精神療法的アプローチと家族へのアプローチ
Ⅰ 解離を繰り返したうつ病女性の長期経過
Ⅱ 治療経過
Ⅲ 治療的アプローチについて
第4章 子どものうつ病と非言語的アプローチ
Part1 子どもに対する非言語的アプローチ
Ⅰ 非言語的アプローチとは何か
Ⅱ 子どもにとって遊びはどのような意味をもつか
Ⅲ 非言語的アプローチの理論的背景
Ⅳ 非言語的アプローチの実際
Ⅴ 非言語的アプローチを介して何が表現されるのか
Ⅵ 非言語的アプローチにおける自由と制限について
Ⅶ 非言語的アプローチの治療的意義
Part2 非言語的アプローチによる治療
Ⅰ スクィグルを用いた11歳男児の治療過程
Ⅱ 治療経過
Ⅲ スクィグルの精神療法的意義
Ⅳ 非言語的アプローチによる客観性の発達促進機制
Ⅴ 非言語的アプローチの展望
Part3 非言語的アプローチにみる子どものうつ病
Ⅰ 症例Cのその後の経過
Ⅱ 現病歴
Ⅲ 治療経過
Ⅳ 症例Cから子どものうつ病を考える
コラム Talk Talk
自殺の少ない町/誰かに相談する才能/子どもの自己評価/「新型うつ病」とは何か/「ディメンジョナルな診断」とは何か/うつ病とリワーク
索 引