診断推論の思考方法を研鑽したい内科系ジェネラリストのための好適書。他人が経験した教訓を含んだ症例を追体験することは自己の「経験症例」を増やすことにもつながり、非常に学習効果が高い。本書はプロフィールと主訴、身体所見、初期検査など6つの統一されたステップごとに鑑別診断を絞り込んでいく。その思考過程を診断仮説までをも盛り込みながら詳細に提示。身体所見のプロセスではイラストに重要な所見を加えて視覚面からも臨床現場の臨場感を強調した。
序 文
1998年4月に京都で始まり,ほどなく私も加わった京都GIMカンファレンスのような症例カンファレンスが,今では全国各地で開催されていると聞く.提示者しか最終診断名を知らない症例につき,まったく予備知識なしにぶっつけ本番で,参加者が鑑別診断を考えながら,病歴,身体所見,初期検査の各段階で自由に質問をし,診断を絞っていくプロセスは,まさに謎解きのスリルを味わいながら行う診断推論の醍醐味を味わわせてくれる.
さて,本書は新興医学出版社の内科系総合雑誌Modern Physicianに2012年4月から掲載された「診断推論トレーニング」シリーズを書籍化したものである.お読みになった方はすぐにお気づきになると思うが,本書は1992年に始まったNEJM誌のClinical Problem Solving(CPS)シリーズの体裁を手本にしている.また,インターネット上無料で視聴できるNIH VideocastingのContemporary Clinical Medicine: Great Teachersシリーズ中,Mysterious Casesと題された症例カンファでTierney先生のような有名どころが実演している診断推論とも似ている.
ただし,おおまかな患者のプロフィールと主訴だけを聞いた段階で臨床医の頭の中ですでに始まっている診断仮説さえもあからさまにするために,何を想定してどんな病歴を聴取するかまでも明らかにしたため,CPSよりは幾分「頭でっかち」になっており,かつ初期段階で鑑別診断を想起するための便(よすが)も提供するように努めた.また,病歴を取り終えた時点で症例提示にも役立つようSemantic qualifierを意識した病歴のまとめを挿入した.その後,身体所見提示に先立って,取りたい身体所見とその理由も明らかにするようにした.なお,字面だけだとどうしても臨場感が弱くなるため,身体所見はイラストの上に重要な所見を図示するように試みた.さらに身体所見を得たうえで,なるべく診断に直結する検査を選択理由とともに挙げるように心がけた.
いずれのケースも優れた診断医なら各段階でここまで考えるという欲張ったレベルを目指したつもりである.なお,Case 17 のショックの症例では,病歴と身体所見は画像・生理・検体検査と並行して迅速に取られたと解釈していただきたい.
個々の臨床医が個人で直接担当できる症例数は一生かけても知れている.一方,忙しすぎる臨床の場で,十分吟味する余裕なく流してしまっている症例に関しては,数をこなしても臨床経験として定着せず,教訓も残らない.そこへいくと,冒頭に述べたようなぶっつけ本番の症例カンファレンスで,他人が経験した教訓を含んだ症例を,実際の臨床現場を再現したような臨場感をもって追体験することは,いわば自己の「経験症例」を効率よく増やしていることになり,記憶への定着もよいと考えられる.そして,そのようなカンファレンスへの参加の機会が得られない人,あるいはさらに追加でそれに近い学習をしたい人のために,NEJMのCPSシリーズや本書の存在意義があるのではないかと考えている.読者は,各提示段階で自分ならいかに考えるかをメモしつつ各診断推論のステップを読み進んでいただければ,カンファレンスへの能動的参加と同じくらいの学習効果が期待できるのではないかと期待している.
各症例の所見や診断推論の展開につき意見や異見があれば,遠慮なく編著者までご連絡いただきたい.本書が診断推論のトレーニングを希望する内科系ジェネラリストのお役に少しでも立てれば嬉しい.
2015年2月吉日 酒見英太
Case 1 繰り返す意識障害 植西 憲達
Case 2 帰国後2週間してからの発熱 土井 朝子
Case 3 難治性浮腫 酒見 英太
Case 4 しつこい胸腹部痛と頑固な便秘 酒見 英太
Case 5 意図せぬ緩徐な体重減少 上田 剛士
Case 6 3日間で進行した意識障害 羽田野義郎
Case 7 繰り返す紫斑と血腫 上田 剛士
Case 8 発熱,水溶性下痢と嘔吐 碓井 文隆
Case 9 亜急性の手足浮腫 植西 憲達
Case 10 間歇的に起こる発熱 栗山 明
Case 11 反復する意識障害 植西 憲達
Case 12 9日前からの片腕の不随意運動 酒見 英太
Case 13 咽頭痛,頸部リンパ節腫脹 酒見 英太
Case 14 急性の右の腹痛 酒見 英太
Case 15 1年前からの両下腿浮腫 上田 剛士
Case 16 全身浮腫に続く意識障害 植西 憲達
Case 17 胸痛と呼吸苦に続くショック 植西 憲達
Case 18 2週間続く発熱 酒見 英太
Case 19 1週間前から増悪する倦怠感 金森 真紀
Case 20 下肢に強い四肢のしびれ 酒見 英太
Case 21 1時間前からの意識障害 植西 憲達
My Clinical Pearls(診断編) 酒見 英太
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