舞台医学入門

 武藤芳照(東京大学名誉教授):監修
 山下敏彦(札幌医科大学教授)・田中康仁(奈良県立医科大学教授)・山本謙吾(東京医科大学教授):編集

2018年発行 B5判 92頁
定価(本体価格3,000円+税)
9784880027760

内容の説明

 本邦初、舞台医学(Stage Medicine)の専門書。演劇・音楽・舞踏など、舞台芸術の医学的対応を学術的かつ実践的にわかりやすくまとめた入門書。
舞台芸術にかかわる人たちの高度な技術、動作、より高いレベルを希求することによる過剰な身体的負荷をどのように医学的に管理すべきか、あまり知られていない実際のところをあますことなく伝えます。博多祇園山笠をはじめとした祭りの舞台医学も面白い。

はしがき

  私事にわたって恐縮だが,『舞台医学入門』の企画に至る背景と動機をたどると,2つの記憶が浮かびあがる.一つは,中学3年生の折に見た映画『赤ひげ』(山本周五郎原作,黒澤 明監督,三船敏郎主演,1965年).骨太のヒューマニズムを基盤にした,江戸時代の医師と師弟愛,庶民の喜怒哀楽を描いた物語である.この素晴らしい映画に感動した私は,「将来は,映画監督になろう.それがダメなら医師になろう.」と密かに心に決めた.そして,今医師となり40年余りを経た.スポーツ医学,身体教育,転倒予防,学校保健等の様々な分野・領域にまたがる自身の名前の通り,「ムトウ(無党)派」の活動を継続してきた.振り返ってみれば,企画,脚本,キャスティング,スタッフ集め,物とお金の手配,広報等,映画作りと共通の活動を続けてきたようにも思う.その新たな企画が,「舞台医学 Stage Medicine」の構想であった.
 二つ目は,名古屋大学医学部の学生当時,全学の水泳部に所属して水泳三昧の日々を送って,スポーツ医学に興味を持ち始めた頃,名古屋市内の丸善の医学書コーナーで出会ったのが,『スポーツ医学入門』(児玉俊夫,石河利寛,猪飼道夫,黒田善雄著,南山堂,1969年第3版)であった.スポーツ医学の歴史と現状,スポーツと筋,スポーツと神経,スポーツと栄養,疲労,体力,年齢,熱中症,ドーピング等の内容・構成で,運動生理学,体力医学の分野を主体とした組み立てではあったが,興味深く幾度も読み返し,スポーツ医学への意欲をかきたててくれた.そして,その志を胸に,整形外科医の道を選ぶことになった.
 本書は,平成26(2014)年2月7日の第1回舞台医学研究会(於:札幌市)から始まった学術研究活動を基盤に,関連する医学研究と対談記録等を編集・構成してまとめ上げた.学術研究分野,臨床医学領域としての舞台医学は,まだまだ未成熟であることは確かであり,本格的な医学書の形式・内容,質・量の域には達していないであろう.しかし,「入門」の言葉に込められた監修者,編集者,執筆者,出版社の舞台医学という新たな医学分野・領域への開拓の志と,文化芸術への熱い思いは,ぜひ読み取っていただきたい.
 本書を手にした医学と舞台芸術を志す若者たちの記憶に残る一頁,一行が刻まれていることを希望する.
 最後に,本書の企画を説明したところ即断即決で出版を決済し,編集・制作作業を推進していただいた新興医学出版社 林 峰子 社長に感謝申し上げます.

2018年2月

武藤 芳照

 芸術活動は,人間が行うもっとも人間らしい活動であるといえます.舞台の上で繰り広げられる音楽や舞踊・演劇などのパフォーマンスは,人々に感動を与え,時に心を癒し,時に心を奮い立たせてきました.
 一方,演奏者・演技者にはしばしば高度な技術・動作が要求されます.また,彼ら自らがより高いレベルを希求することにより,身体に過剰な負荷がかかる場合もあります.それらの反復や長期間にわたる継続は,身体に種々の障害をもたらします.また,舞踊・演劇などでは,激しい動きや転落などによる外傷も起こり,時に重大な傷害をもたらすことがあります.
 スポーツ活動に伴う障害・外傷を対象とする「スポーツ医学」は,すでに世界的に1つの確立した医療・医学分野となっています.欧米では,スポーツ医学と同様に,音楽や舞踊・演劇などの舞台芸術に伴う医学的問題を対象とする「舞台医学(stage medicine)」が1つの医療分野として認知され,医学会なども設立されています.一方,わが国では,実際には音楽・舞踊等に伴う身体障害に悩む人は多く存在するにもかかわらず,舞台医学の社会的認知度はまだ低いといわざるを得ません.わが国においても,舞台医学にかかわる啓発活動や診療・研究体制の構築を進めていくことは急務であるといえます.
 本書は,「舞台医学」を総合的に解説した本邦初の成書です.本書の出版には,わが国において先駆的に舞台医学に関与してきた医療者・研究者や,実際に芸術活動に伴う身体的問題に直面してきた芸術家の方々に参画していただきました.本書により,わが国における舞台医学の現状や課題が浮き彫りとなり,今後の診療体制の確立や治療・予防の進歩,そして社会的認知度の向上につながることを期待したいと思います.そして,多くの音楽家や舞踊家,役者や舞台表現者そして一般愛好家が,より楽しく快適に演奏・演技を続けることができ,より美しいパフォーマンスを発揮することに寄与できれば幸いです.
 最後に本書の作成・発刊にご尽力いただいた新興医学出版社の林峰子代表取締役に感謝いたします.

2018年2月

山下敏彦,田中康仁,山本謙吾

おもな目次

第1章 舞台医学とは
 1.舞台医学入門 山下敏彦
  1.舞台医学のバックグラウンド
  2.舞台医学とは
  3.舞台医学の治療対象
  4.スポーツ医学と舞台医学
  5.舞台医学の現状と展望
 2.わが国における「舞台医学」の現状と課題 武藤芳照,金子えり子,福島(太田)美穂
  1.舞台医学研究会の発足
  2.舞台医学とは
  3.舞台医学に関する近年の話題・事例
  4.舞台医学の展望

第2章 舞台芸術に伴う外傷・障害への対応
 1.音楽家の手(ミュージシャン ハンド)のメカニズム,診断,治療とリハビリテーション 射場浩介,渡邊祐大
  1.楽器演奏による手の障害
  2.一般手外科外来での診療における留意点
  3.演奏による手の障害の治療
  4.30歳,男性,ベースギター演奏者のケース
  5. 8歳,女児,ピアノコンクールのケース
  6.17歳,女性,クラリネット演奏者のケース
  7.33歳,女性,ピアノ教師のケース
  8.楽器演奏者の手指独立屈曲運動
  まとめ
 2.ダンスにおける足,足関節傷害のメカニズム,診断,治療とリハビリテーション 坪山大輔,田中康仁
  1.アキレス腱障害
  2.足底腱膜炎
  3.長母趾屈筋腱障害
  4.後脛骨筋腱障害
  5.疲労骨折
  6.外反母趾
  7.足関節前方インピンジメント症候群
  8.足関節後方インピンジメント症候群
  まとめ
 3.パフォーミングアートによる膝関節外傷・障害のメカニズム,診断,治療とリハビリテーション 中田 研,武 靖浩,馬込卓弥,下村和範,横井裕之,前 達雄,大堀智毅
  1.パフォーミングアート・舞台芸術と医学
  2.バレエダンサーにおける下肢障害
  3.パフォーミングアーティスト膝関節の外傷・障害とそのメカニズム
  4.診断と治療
  5.一次,二次,三次予防のためのリハビリテーション
 4.一流バレエダンサーの前十字靭帯損傷事例にみる損傷のメカニズム,診断,治療,舞台復帰まで 内山英司
  1.受傷機転
  2.診断
  3.初期治療
  4.手術治療
  5.復帰
 5.バレエダンサー3例における股関節痛と脊椎骨盤矢状面アライメントの関係:FAIとの比較 関 健,山藤 崇,依藤麻紀子,鈴木秀和,遠藤健司,香取庸一,山本謙吾
  1.対象と方法
  2.結果
  3.考察
  まとめ
 6.身体運動科学から考えるダンス傷害予防の可能性 水村(久埜)真由美
  1.ダンスの身体運動科学的研究の歴史
  2.ダンス傷害の危険要因
  3.ダンス傷害発生の内的要因―ダンサーの身体・体力・心理―
  4.ダンス傷害発生の外的要因―踊る環境・ダンスの動作特性・ダンスで使用する用具―
  5.国内外におけるダンス傷害予防の取組

第3章 舞台芸術家の健康管理
 1.舞台に役立つコンディショニング方法 中村格子
  1.環境因子の確認
  2.準備しておきたい道具
  3.姿勢と呼吸,基本動作のチェック
  4.コンディショニングの実際
  5.姿勢のコンディショニング
  6.下肢のコンディショニング
  7.休養と栄養
  8.時差
  まとめ
 2.オペラ歌手の自己管理 中丸三千繪
  1.クーリングの必要性
  2.発声法のテクニック
  3.歌うための呼吸法
  4.オペラ歌手のダイエット
 3.インタビュー「私と運動器」仲代達矢さん(俳優) 武藤芳照,松瀬 学
  1.役者はアスリート,肉体の維持が大事
  2.歩き方を変えて演じ分ける
  3.生きている間は生き生き生きよう
 4.インタビュー「私と運動器」松金よね子さん(女優) 武藤芳照,土原亜子
  1.時代劇の立ち居振る舞いは膝を痛めやすい
  2.歳を重ねると体を鍛えるより故障を防ぐことが大事に
  3.誰しもそれぞれの舞台がある.その舞台に復帰するために
  4.痛くても舞台に出るために専門の整形外科に助けられた
  5.けっして無理をしないで健康な自然体を心がける

第4章 祭りの舞台医学
 1.博多祇園山笠 内田泰彦
  1.山笠とは
  2.山笠のスケジュール
  3.山笠のいでたち
  4.山笠の動力システム
  5.山笠に伴う事故と対策
 2.長崎くんち 柴田茂守,武藤芳照
  1.長崎くんちとは
  2.スポーツ科学からみた長崎くんち
  3.長崎くんちの舞台医学的分析
  4.今後の長崎くんちと舞台医学の発展のために
 3.YOSAKOIソーランに伴う下肢傷害の特徴と術後リハビリテーションの工夫 松村崇史,寺本篤史,山下敏彦,鈴木智之,渡邉耕太,逸見瑠生
  1.YOSAKOI歴2年の17歳女性
  2.YOSAKOI歴2年の19歳女性
  3.YOSAKOI歴3年の21歳男性
  4.YOSAKOI歴2年の19歳女性(チームで優秀賞)
  5.祭りの特性と傷害発生リスクの関係
  まとめ

  索引