医療と介護のための爪のケア

武藤芳照 (東京大学名誉教授):監修
高山かおる(済生会川口総合病院皮膚科部長):編著
杉原 鼓 (看護師):編著
渡邉 洋 (渡辺整形外科院長):編著

2021年発行 B5判 168頁
定価(本体価格3,800円+税)
ISBN 9784880027944

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内容の説明

「こんな爪切れない…」「爪ケアに必要な道具、感染対策を教えて」「出血=医療事故!?」そんな疑問にスペシャリストがわかりやすく解説します。爪トラブルへの適切な治療法、日常的な正しい爪ケアの仕方だけでなく、ケア実施時の正しい姿勢や、靴の選び方・履き方、歩き方など、付随して知っておきたいポイントも網羅しました。

序文

 からだの各組織・器官・器官系には,それぞれの形態と機能があり,一つ一つが誠に精巧で合理的に作られている。ヒトが生まれ,成長・発達し,成熟し,老化し,そしていつかその生命を終えるまで,その活動は続けられる。
 古代ギリシャの哲学者・アリストテレスが,「ライフ イズ モーション」(生命は動いていることだ)と述べ,生命の本質を喝破した。それぞれの組織,器官,器官系が動いていることによって,一人一人の生活(ライフ)があり,人生(ライフ)が成り立っている。
 手と足の指にある10個の爪も,胎生期より生命が尽きるまで,動いている。そして,その姿・形・大きさ・色などを丹念に見ていると,その人の成長と老化,健康と障害・疾患などを知ることもできる。爪自体は,実に小さな存在であるが,人のさまざまな活動に欠かせない組織のひとつであり,その爪に不具合が生じれば,時に健康を害し,生命を脅かすことさえある。また,全身の疾患の兆候を爪が教えてくれることもある。
 そして,自身で,ごく普通に健康な爪を切ることができるのは,考えてみれば,誠に幸せなことだ。
 「爪切りは くちをひらきて わが生の真白き淵を 噛みきりにけり」
 (笹井宏之『八月のフルート奏者』,2009年に26歳で早世)
 一方,古来,爪は美粧のキャンバス(画布)のような存在でもある。爪を美しく整えたり,装飾することが,ひとつの楽しみでもあり,自己表現の手段でもある。
 現在,医療・介護や美粧の現場では,爪とその健康について,それほど関心が高いわけではなく,無理と無知による不適切な爪のケアの事例も少なくない。しかし,爪のケアが日常的に適正に実施されることによって,その人の健康と生きる意欲を回復させ,QOLを向上させることもできる。
 本書は,高山・渡邉・杉原の3人の編者の専門性と経験が融合し創発された,いわば「爪の理(ことわり)」を伝える新たな教育・啓発書である。
 やわらかで温かなイラストを描いていただいた久保谷智子さん,むづかしい制作作業を丹念にこなしていただいた(株)新興医学出版社の岡崎真子さん,私たちの新たな企画を大切な現場の課題ととらえて即座に発刊を快諾していただいた同社の林 峰子社長に感謝いたします。
 本書が,医療・介護の現場にとって,爪ほどの希望の光となることを願っている。

 2020(令和2)年9月

一般社団法人東京健康リハビリテーション総合研究所代表理事/所長,東京大学名誉教授
武藤芳照

おわりに

 ある日,武藤芳照先生が,わざわざ西川口の私の勤務先に「一緒に爪の本を作りましょう」とご訪問くださった。転倒予防学会の会長でもあるご高名な先生に会いにきていただいたことだけでも大変感激したが,そもそもはありがたいことに本書の企画に至る2つの接点があった。ひとつは私が代表を務める足そく育いく研究会で一緒に活動する後輩(執筆者のおひとりである今井亜希子先生)をおよびいただき,転倒と爪のトラブルに関する発表をさせていただいたこと,もうひとつは,この数年講師をつとめている日本足育プロジェクト協会の活動が2019年に武藤先生が業務執行理事を務められている公益財団法人 運動器の健康・日本協会の奨励賞を受賞し,それをきっかけに武藤先生が企画編集された子どもの足あし育いくに関する本に著者として参加できたことだ。「爪」「足育」をキーワードに貴重なご縁をいただいた。
 今回多くのスペシャリストに執筆者として参画していただいたことからもわかるようにフットケアの業界は徐々に熱を増している。しかしまだまだ世間に広く認められたものではない。自分の爪を切ることができない爪切り難民になってしまう方も多く,衛生的な問題や,低下しているQOLに心を痛める。たかが爪と思うが,糖尿病があれば壊疽の原因になり,ADLがおちれば転倒問題にもつながる。そもそも看護師・介護士による爪切りは,保清や保湿といった基礎的なスキンケアのひとつであるが,技術の習得がおいついておらず,煩雑化する業務のなかで埋もれがちである。そしてなかなか爪切りが一般的にならない原因のひとつに裁判沙汰になった看護師の爪切り事例が心理的圧迫をおこしてるように思う。本書は爪にまつわる基礎的知識から,爪切りの基礎,実践,そして爪のケアに付随して広げるべき知識を大変わかりやすく解説している。くわえて裁判事例についてとりあげ,どのような経緯でおきた事件なのか,有罪になったあと無罪になった理由を弁護士の先生にご解説いただいた。
 この本を手に取った多くの方々に爪の奥深さを楽しんでいただき,ひとりでも多くの方に爪切りに従事していただけることを願っている。

 2020(令和2)年10月

済生会川口総合病院皮膚科部長,一般社団法人足育研究会代表
高山かおる

おもな目次

Chapter 1:医療と介護のための爪のケア
 ① 医療と介護現場の爪ケアの現状
 ② 安全で正しい爪のケアの必要性

Chapter 2:爪とは
 ① 爪の形と仕組み,役割
 ② 爪の成長と老化

Chapter 3: 医療・介護現場での爪のトラブル 診断と治療のポイント
 ① 黒色爪1 爪下血腫
 ② 黒色爪2 色素線条・悪性黒色腫
 ③ 陥入爪
 ④ 巻き爪
 ⑤ 肥厚爪(白癬以外)
 ⑥ 爪白癬・爪カンジダ症
 ⑦ ひょう疽・緑色爪・爪疥癬
 ⑧ 爪の腫瘍
 ⑨ 皮膚疾患に伴う爪の変化
 ⑩ 全身状態を表す爪の変化
 ⑪ その他のさまざまな爪トラブル
 TOPIC 整形外科における爪トラブル対処例

Chapter 4:正しい爪切りの手順と注意
 ① 爪切り器具・用具
 ② 爪切りの手順と注意
 ③ 部位・年代・場面ごとのポイントと注意
 ④ 巻き爪の切り方
 ⑤ 爪白癬の切り方
 ⑥ 爪切りに伴うトラブル
 ⑦ 爪のトラブルに対するテーピングによるケア
 ⑧ 糖尿病患者における爪ケアの重要性
 ⑨ 肢体不自由な方の爪ケア時のポジショニング
 TOPIC 爪ケアにまつわる裁判事例

Chapter 5:爪のトラブルを防ぐために
 ① 日常的な足と爪のケア
 ② 靴・履き物の選び方
 ③ 歩き方のポイントと注意
 ④ 転倒予防と足の爪のトラブル
 TOPIC・1 昨今のネイリスト事情
 TOPIC・2 昨今のフットケア事情