運転指導にあたる医療職、行政職、技術職、教習所関連職および当事者、家族の共通の手引書!
道路交通法などのわが国の法制度や、国内外のこれまでの研究報告から、脳卒中・脳外傷者の自動車運転再開をどのように進めるか、その手続きや必要な評価について、わかりやすく解説しました。
発刊に寄せて
日本リハビリテーション医学会は,2017年から「リハビリテーション医学」を「活動を育む医学」とし,その説明に「機能回復」「障害克服」「活動を育む」の3つのキーワードをあげています.すなわち,疾病・外傷で低下した身体・精神機能を回復させ,障害を克服するという従来の解釈の上に立って,ヒトの営みの基本である「活動」に着目し,その賦活化を図る過程であるとしています.
「日常での活動」としてあげられる,起き上がる,座る,立つ,歩く,手を使う,見る,聞く,話す,考える,衣服を着る,食事をする,排泄する,寝る,などが有機的に組み合わさって,掃除・洗濯・料理・買い物などの「家庭での活動」,就学・就労・余暇などの「社会での活動」につながっていきます.本指導指針のテーマである自動車運転は,それ自体が重要な「活動」であるとともに,障害者が,再び,「社会での活動」をする上で極めて大切な手段となります.
日本リハビリテーション医学会では,診療ガイドライン委員会を通して,これまでに,「障害者の体力評価ガイドライン」「脳性麻痺リハビリテーションガイドライン」「神経筋疾患・脊髄損傷の呼吸リハビリテーションガイドライン」「リハビリテーション医療における安全管理・推進のためのガイドライン」「がんのリハビリテーション診療ガイドライン」を上梓して参りました.リハビリテーション医療では,リハビリテーション科医,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,義肢装具士,歯科医,看護師,薬剤師,管理栄養士,公認心理師/臨床心理士,社会福祉士/医療ソーシャルワーカー,介護支援専門員/ケアマネジャー,介護福祉士など多くの専門職が,医療チームを形成しリハビリテーション診療を実践しています.これらのガイドラインは,医療チーム内で共有されるべき指針でもあります.
自動車運転についても同様です.安全な交通社会のなかで,障害者の「活動」を育む仕組みづくりは,医師と専門職,公安委員会をはじめとする行政職,全国の自動車学校の関連職員,自動車開発を行う工学系技術者など,多くの方々がチームとして取り組む事業だと考えます.
超高齢社会となった日本において,高齢者の自動車事故や脳卒中・脳外傷者のてんかん事故は大きな課題となっています.本指導指針は,こうした痛ましい事故を防ぐとともに,脳卒中・脳外傷者の安全な「社会での活動」を促す一助になることを期待します.
2021年1月
公益社団法人 日本リハビリテーション医学会
理事長 久保俊一
序文
近年,高齢者や認知機能の低下した方の運転による交通事故が後を絶ちません.さらに,脳卒中や脳外傷などの脳損傷に起因する症候性てんかんが原因の自動車事故に関しても数多くの報道がなされ,そのたびに,運転者の運転能力の有無,運転免許所持の是非を問う社会的関心が高くなっています.しかし,一方で,脳損傷者にとっても,自動車運転は,社会参加,社会復帰のための重要な手段であることから,運転再開においては,運転能力評価に関わる専門職間および当事者,ご家族の間で,安全運転に必要とされる一定の基準を共有することが求められています.
わが国では,制度上,認知症に関しては,「認知症」と診断されると,運転は禁じられています.一方,「高次脳機能障害」と診断される疾患の大半を占める脳卒中および脳外傷については,いまだ運転再開の明確な基準は設けられていません.しかし,日本神経学会は,「てんかん診療ガイドライン2018」(日本神経学会監修)において,てんかんの問題に触れ,自動車運転の再開に際し,てんかんは国内法規に則って運転の是非を決めると明記しています.また,日本精神神経学会は,「患者の自動車運転に関する精神科医のためのガイドライン」を提示し,精神科疾患を対象に,医師の責任と対応方法について,概論的な内容で記述しています.また,日本医師会も,疾患を有する患者の運転について,「道路交通法に基づく一定の症状を呈する病気等にある者を診断した医師から公安委員会への任意の届出ガイドライン」(平成26 年9 月)において,概論的な説明をしています.さらに,日本認知症学会は,日本神経学会,日本神経治療学会,日本老年医学会と合同で,改正道路交通法施行と高齢運転者交通事故防止対策に向けた提言を発表しています.
一方,欧米は,わが国以上に自動車社会が定着しており,運転再開に向けた指針が普及しています.英国では,政府が運転免許庁(Driver and Vehicle Licensing Agency:DVLA)を設置し,医療専門職向けに140ページにわたり,各種疾患に起因する障害者の運転の適否を示した指針を作成しています.また米国では,米国医師会が,300ページ以上にわたって,“Clinicianʼs Guide to Assessing and Counseling Older Drivers”と題する高齢ドライバーの運転基準を明記し,同じく米国の運転リハビリテーション専門師協会は,運転能力に関わる各障害のチェックポイントを52ページにわたりガイドラインとして公表しています.また,カナダ医師会は医師に対し,「患者の運転能力を適切に判断するべきである」として,判断材料の一助として,“Determining medical fitness to operate motor vehicles”と題する冊子を公表しています.さらに,欧州連合でも,EU運転免許制度として,一般運転手と職業運転手を分けて運転再開基準を提示しています.
以上のように,欧米の先進諸国では,統一した運転再開基準が示されているのですが,わが国ではいまだ,このような,包括的な運転再開指針は作成されていない現状にあります.そこで,このたび,わが国の法制度(道路交通法等)をもとにして,脳卒中および脳外傷を患った方々が,安全に運転を再開できるための指導指針をまとめ,指導にあたる専門職,および,当事者,ご家族の共通の手引書として本書を作成いたしました.病気や事故後も社会参加のために運転をしてほしい,しかし安全な交通社会は維持しなければならない,この両者をかなえるべく,本書をお役立ていただきたいと思います.
2021年1月
日本リハビリテーション医学会
臨床医のための脳卒中・脳外傷者の自動車運転に関する指導指針策定委員会
委員長 渡邉 修
第1章:総論
1.免許取得・更新のための基本的な考え方と手順
2.自動車運転を支える法制度
3.自動車運転に必要な身体、視覚および聴覚機能
4.自動車運転に必須な高次脳機能(神経心理学的検査を含む)
5.自動車運転と薬剤
6.診断書記載の注意点
7.自動車改造
8.職業運転
9.患者・家族指導
第2章:各論
1.脳卒中
2.脳外傷
3.てんかん
4.併存疾患(心臓疾患、糖尿病、高血圧)および高齢者