序 文
本邦には新しい抗てんかん薬がしばらくの間導入されず,医師は従来の薬剤で工夫しながら治療してきた。てんかんの薬物治療においては,作用機序の異なる新たな薬剤を併用することで,これまでの薬剤では発作抑制が困難な症例にも対応できる場合があることが知られている。もちろん,薬物療法だけがてんかんの治療手段ではなく,手術療法,ホルモン療法,食餌療法,迷走神経刺激療法など,いくつもの治療手段がある。しかし,現在でも治療の主流は薬物療法に変わりはない。
最近の4年間に新しい抗てんかん薬,ガバペンチン,トピラマート,ラモトリギンが次々と導入され,レベチラセタムも使用可能な時代になった。これで使用可能な薬剤については先進諸国との格差はかなり縮小したものと考えられる。既にガバペンチン,トピラマート,ラモトリギンは臨床で幅広く用いられ,種々の側面で治療効果を上げており,文献では読み取れなかった事柄が臨床からフィードバックされ,薬剤の特性に関わる知識が集積しつつある。一方,多忙な治療者自らが文献を集め,読み解き,臨床に反映させるには時間がかかり,現実的ではない。そこで,本書はこれまでに蓄積されている知識を集約し,臨床に必要な薬剤の特徴,例えば,標的症状,副作用,使用上の留意点などをコンパクトにまとめようと試みた。本書では既に十分な使用経験のあるゾニサミドに,新薬のガバペンチン,トピラマート,ラモトリギン,レベチラセタムを含めた5剤を取り上げ,そのてんかん治療における意義,作用機序,臨床薬理学的側面からみた新薬の特徴,抗てんかん薬療法の限界と併用による効果,新たな抗てんかん薬の使い方のポイントを各著者に論じて頂いた。各章は図表を多く使用することでコンパクトにし,短時間に各薬剤の要点を理解出来るよう,配慮されている。また,本書では各章毎に厳選した文献を引用してあり,より詳細な内容を必要とする読者の要望にも答えることが出来る。新薬の大きな特徴は発作抑制効果だけではなく,従来の抗てんかん薬に比較し,副作用が少なく,かつ,向精神作用を有する薬剤が含まれていることであり,これらの新薬登場により患者のQOLにもこれまで以上に配慮出来るようになった。本書はてんかん診療に携わる医師向けに書かれたが,薬剤師,臨床薬理学や基礎薬理学分野へ興味をお持ちの方々,看護系の方々,学校関係の方々にも容易に理解できるように配慮されている。4種類の新薬が導入されたこの時期に,新しいすべての抗てんかん薬をコンパクトにまとめた最初の本書がてんかん治療,抗てんかん薬に関心のある各分野の方々に少しでもお役に立てれば,著者一同望外の喜びである。また,本書の将来の改訂のためにも,読者諸兄から内容に関するコメント,ご批判を頂ければ大変幸甚である。
平成22年10月吉日
弘前大学大学院神経精神医学講座
兼子 直