序文
良い仕事である条件はどんなものであろうか。良い意図から発して,周到な準備があり,謙虚な柔軟性と確固たる意志という矛盾した要素を兼ね備え,現実の世界で成果を挙げるだけでは足りない。振り返り評価をしなければならない。
藤沢町民病院で松嶋 大先生と私が中心となり,糖尿病診療をもっと患者の役に立つものに改善したいと願い2004年から健康増進外来を始めました。医師,看護師,患者の三者がそれぞれ持っている思い込みを取り払い新しい外来を模索してきました。最初は遠慮がちに,徐々に確信を持って,健康増進外来は役に立つ,楽しい方法だと考えるようになりました。各医療機関が新しく健康増進外来を導入しやすいように基本的な考え方と具体的方法についてまとめられた本が必要と思い,この本を出版することにしました。
この本の多くの部分は健康増進外来立ち上げに貢献し,現在は藤沢町民病院内科長として健康増進外来を担当している松嶋 大先生が執筆しています。私は健康増進外来立ち上げの背景,精神,目的,方法論を概説,将来を展望しました。
糖尿病という現代を代表する疾病の診療を,生物医学的な観点に偏らず心理・社会的なサポートを重視して改善していきたいと考える医師にぜひ手に取っていただきたい。生活習慣病診療における外来看護とはなにかを悩んでいる看護師にも一読をお勧めしたい。生活習慣,特に食習慣を無理なく変容したいと考えている栄養士にも読んでいただきたい。
健康増進外来は生まれたばかりの柔らかい方法論です。読者からのご批判,ご意見,ご連絡,できれば新しく健康増進外来を始めたというご報告を心からお待ちいたします。
健康増進外来に早くから賛同いただき,実践されている小田倉弘典先生には,素敵な文章を寄せていただきました。
せかさず気長に見守っていただいた新興医学出版社には深謝をささげたいと思います。
2011年 春
佐藤元美
「健康増進外来」で何が変わったか
「生活習慣病患者の外来」―それは(少なくとも私にとっては)マンネリズムに最も陥りやすいフォーマットである。検査値の確認と薬物療法での対処,通り一遍の生活指導。それを数分でこなすこと。看護師は採血役に終始する。大いなる違和感を覚えつつも繰り返しの日々を送っていた2007年5月,ある雑誌で佐藤元美先生の「健康増進外来」記事を目にし,事態は一変する。8月には藤沢町民病院を見学,その後曲折を経て,2008年10月,土橋内科医院における健康増進外来を立ち上げるに至った。
当院の健康増進外来の流れは,生活習慣病患者を対象に,1人1時間程度の完全予約制,患者ごとに担当看護師を決め,「傾聴する」「指導をしない」「患者の感情に敏感になる」の3つを基本姿勢として面談を行い,患者自身が行動目標を立案し,セルフチェック表に実行の結果を記載してもらう,という藤沢町民病院モデルをベースにしている。ただし,より実行期,維持期にある人は管理栄養士による食事指導を主眼とし,関心期,準備期の人はおもに看護師が受け持つ(オーバーラップもあり得る)形をとっている。また当院は循環器内科を標榜しており,他の大病院から逆紹介の形で二次予防を引き受けることが多いが,初回または2回目受診時に,今何が知りたいのか,何が不安なのか,自分は心疾患そのものあるいは治療に対してどう思っているかといった,いわゆる知識ニーズ,不安,解釈モデルを傾聴することを主眼とした時間を,やはり看護師が担当することによりいわば健康増進外来の亜型として行っている。
立ち上げて2年,何が変わったのだろう? 話を聞いてもらえることで俄然やる気が出,行動変容につながる人もいる。HbA1cも驚くほど改善される場合もある。一方,看護師に話をするだけで満足してしまい,行動変容に至らないケースもある。総じてアウトカムは良い方向に向かっている様である。また医療者自身のやりがい感は確実に好転している。でもアウトカムや満足度ばかりに目を奪われるのはどうだろう? そもそもこの外来の真骨頂は,患者と医療者の「関係性」を変えることではないのだろうか? セルフモニタリングで×が多い,なぜそうだったのか,患者の話に耳を傾け,看護師,医師とともにその原因を考えながら前に進んで行く。そうした双方向の関係性あるいはその関係性が回を重ねるごとに変わって行く。患者のHbA1cが変化するのと平行して,関係性そのものが変化し活性化する。それこそが最も大切なのではなかろうか? 健康増進外来は,私たち医療者に,大事なことは患者―医療者の関係そのものであることを気付かせてくれるのである。
土橋内科医院 小田倉弘典
第Ⅰ部 健康増進外来創設
1. 健康増進外来までの道
2. 町民病院ができるまで
3. 町民病院ができてから
4. 増大する生活習慣病患者
5. 理想の糖尿病外来とは
6. 糖尿病研究会
7. 健康増進外来の由来
8. 保健・医療・福祉の主要テーマの変遷
9. 生活習慣病をどう捉えるか
10. いよいよ健康増進外来の始まり
11. 看護師の体制
12. 健康増進外来の精神
第Ⅱ部 健康増進外来の実際
1. 健康増進外来の実践にあたって心掛けておくこと
2. 健康増進外来の対象患者
3. 健康増進外来のスタッフ
4. 担当看護師制度
5. 健康増進外来の外来診療の進め方
6. 健康増進外来の面談の基本
7. セルフ・チェック表
8. 健康増進外来における生活習慣改善へのアプローチ
9. 健康増進外来における医師の診察
10. 健康増進外来の検査・評価指標
11. 健康増進外来の経営的側面
第Ⅲ部 健康増進外来の効果
1. 健康増進外来の患者への効果
2. 病院とスタッフへの効果
3. 糖尿病外来診療への新風
4. 実際の患者の経過
5. 患者の声
第Ⅳ部 健康増進外来のこれから
1. フルタイム健康増進外来までの道
おわりに
参考文献
巻末資料
索 引