抗精神病薬をシンプルに使いこなすためのEXERCISE
長嶺敬彦(吉南病院 内科部長):著
2011年発行 A5判 138頁
定価(本体価格3,000円+税)
ISBN 9784880028200

その他執筆者など▼
内容の説明▼

はじめに

抗精神病薬をシンプルに使いこなす

現代はストレス社会です.誰だって,いつ,こころの病になるかわかりません.こころの病は少なくとも3つの問題を抱えています.1つ目は,個人の自己実現を阻む要因であること.2つ目は,大きな社会的損失を生じること.3つ目は,スティグマが生じることです.

個人レベルではすべての病気に共通することですが,こころの病は私的苦痛体験であり,活動性を低下させ,自己実現の機会を奪う危険性があります.だから病と向き合い,病から回復し,新たな自己を創造することが必要です.社会レベルでは,さまざまな推算式で計算されていますが,こころの病による社会的損失は身体疾患によるそれと大差なく大きな問題です.社会レベルではもう1つ大切なことがあります.社会がこころの病をどのように考えるか,社会との相互作用でさまざまな問題が起こります.たとえば偏見の問題です.

さて,こころの病に対して,我々の時代はどう対処しているのでしょうか.精神薬理学の発達に伴い抗精神病薬の開発が進み,薬物療法が大きな柱となっています.たしかに抗精神病薬は特定の病態にはよく効きます.しかし万能薬ではありません.薬の限界を認識しておかなければなりません.当然,抗精神病薬が不適切に使用されると,身体副作用だけでなく精神症状も出現します1).また,社会全体でどのような場面で抗精神病薬が使われているかをみると,社会が精神疾患をどのように考えているかがわかります.社会と抗精神病薬の相互作用にも目を向けなければなりません.

抗精神病薬は諸刃の剣です.適切に使用することが大切です.抗精神病薬を正しく使うことを教示する精神薬理学の本は数多く出版されています.本書はそのような本ではありません.最新の精神薬理学のデータを紹介しますが,抗精神病薬を適正に使用するにはどうすればよいのか,読者の皆様と一緒に考えることを主眼にしています.いわば抗精神病薬を安全に使用するための考え方のトレーニングです.

精神科の医師,薬剤師,看護師の方々には,本書を紐解きながら患者さんの視点に立った薬物療法を実践してほしいと思います.また患者さんやご家族の方々には抗精神病薬への期待を感じていただければと思います.抗精神病薬は化学物質です.その特徴を理解してシンプルに使いこなすのがクールです.シンプルな使い方のなかに,抗精神病薬の効果を最大限に引き出す鍵が隠されています.

複雑な理論や考え方がいくつか出てきますが,"考え方"つまり"プロセス"は複雑でも,結論はいたってシンプルです.抗精神病薬が最大の効果を発揮するのは,"至適最小用量"での使用です."Simple is best."そして"Small(Minimum dose therapy)is beautiful."なのです.さあ,抗精神病薬を適切に使用するためのトレーニングを行いましょう.

文献

1.阿部和彦:薬と精神症状改訂第3版.新興医学出版社,東京,2004

 

本書の読み方

本書の読み方を簡単に説明します.EXERCISEの内容をイメージしたタイトルがつけてあります.本文を一読して,本文のあとに示したEXERCISEを考えてみてください.EXERCISEの答えがイメージできなければ,もう一度本文を読んでみましょう.答えがみつかるはずです.

本書は5つのパートからなっています.PART 1は抗精神病薬の社会学です.抗精神病薬が社会のなかでどのように使われているかを考えてみましょう.PART 2とPART 3は抗精神病薬の薬理学です.最新の研究成果や仮説を紹介しています.EXERCISEのあとに根拠となる文献を挙げていますので,興味のある方は参考にしてください.PART 4は抗精神病薬の心理学です.抗精神病薬がどうしてシンプルに使えないのか,心理面に焦点をあてて考えてみましょう.シンプルに使用する方法がみえてくるはずです.PART 5は統合失調症と発達障害が混同されやすい背景を考えてみます.ドパミンの働きを「境界線」でイメージしてみました.それではとりあえず練習してみましょう.次に示したFIRST EXERCISEをやってみてください.

全部で5つのパートで構成されています.抗精神病薬を適切に使用するために見つめ直していただきたいことを挙げています.

抗精神病薬を適正に使用するにはどうすればよいのか,読者の皆様と一緒に考えることを主眼にして書かれています.読み進めながらいろいろな疑問を膨らませてください.

各項で参考になる文献を挙げています.あなたのトレーニングや正しい抗精神病薬のとらえ方に役立ててください.

本文を読んだあとに行うトレーニングです.あなた自身の考え方を導き出しましょう.イメージできなければ,もう一度本文を読んでみてください.

おもな目次▼

はじめに
・抗精神病薬をシンプルに使いこなす
本書の読み方
FIRST EXERCISE
・星座が読める精神科医療

PART 1 抗精神病薬の社会学
1 抗精神病薬の処方動向─世界的潮流─
2 統合失調症の薬物療法の現況
3 抗精神病薬のメタアナリシス
Let's Try EXERCISE1~9

PART 2 抗精神病薬の薬理学(1)副作用
1 抗精神病薬の効果的な使用方法
2 「質」に関する副作用は,受容体プロフィールが予測因子になる
3 抗精神病薬の種類と代謝障害に関する最近の知見
4 錐体外路症状と脳内D2受容体占拠率
5 悪性症候群
6 過鎮静
7 心突然死(QT延長)
8 便秘とイレウス
9 誤嚥性肺炎
10 高プロラクチン血症
Let's Try EXERCISE10~36

PART 3 抗精神病薬の薬理学(2)使いこなすための最新の知識
1 多剤併用と薬物動態
2 非定型抗精神病薬は寿命を縮めるか
3 至適最小用量での治療
4 コインの表と裏
5 副作用閾値を超えないようにするには
6 精神科救急と血液データ─心身相関を示す現象─
7 パーシャル・アゴニストの誤解
8 神経系は"創発"─互いに影響しあうことで生まれる新たな全体─
9 ドパミン受容体の三次元構造と統合失調症─シナプスでの刺激伝達からの推測─
10 代謝型グルタミン酸2受容体(mGluR2)と抗精神病作用
Let's Try EXERCISE37~62

PART 4 抗精神病薬の心理学
1 誤診のカテゴリー
2 専門家の盲点
3 絆が「暗黙の習慣」を強化する
4 予言は当たりやすい
5 無意識の重要性
6 社会的無意識が影響していると考えられる3つの事象
7 リーダーシップは誰がとる
8 統合失調症らしくなる処方─ドパミン遮断─
9 統合失調症らしくなる処方─動的平衡─
10 ゴールド・スタンダードは何か
11 曖昧な診断を繰り返すと,疾患概念は症状概念に格下げになる
12 疾患の理解の仕方には異なる次元がある
13 薬理学的類似性
14 星座を読もう
Let's Try EXERCISE63~90

PART 5 ドパミンの意味論
1 星座の読み違い
2 精神疾患患者は優しいが,その優しさが疾患により異なる
3 発達障害では「境界線」が消失した印象を与えるときもある
4 情報の嵐に遭遇したら
5 「境界線」は2本ある
6 「境界線」はドパミンが制御している
7 発達障害のこだわりに少量のSSRIが有効なことがある
8 発達障害におけるセロトニン系の異常
Let's Try EXERCISE91~101

LAST EXERCISE
・医療の目的とは
おわりに
・なぜ本作りは苦しくないのか
索引