ブレインバンクが拓く精神疾患研究
第1回ブレインバンクシンポジウム・池本桂子(福島県立医科大学臨床教授):編著
2010年発行 A5判 54頁
定価(本体価格1,800円+税)
ISBN 9784880028217

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内容の説明▼

まえがき

 さる5月22日、広島で開催された第106回日本精神神経学会総会で、「脳バンク宣言」がなされたことが、新聞で報道されました。うつ病、認知症、統合失調症などの病気を研究し、新しい診断・治療を開発するためには、脳そのものの研究が必須であるという点が強調され、全国で脳バンクを広げようという動きが、本邦において、かつてなく強く見られるようになったからです。脳バンクとは、研究を目的として、脳の組織を集積するシステムを指します。病気を持った方、持たない方の脳は、問いません。なぜならば、人の脳は個人差が大きく、病気の研究には、健康な人との比較が必要だからです。編者は、日本で最初の系統的精神疾患脳バンクである福島ブレインバンクの常任運営委員としてこの事業に関わるようになって以来、今年で7年目を迎えます。その間、多くの方々に、励ましのお言葉をいただきながら、ブレインバンクに関連した地道で骨の折れる仕事を続けてまいりました。
 もう4年も前のことになってしまいましたが、2006年10月22日には、科学研究費(基盤(C-18630006)企画)により、国際シンポジウム、「第1回ブレインバンクシンポジウム」を福島において開催することができました。研究費申請時の研究課題は、「精神疾患死後脳バンクのネットワークを用いた研究の推進」というものでしたので、シンポジウムのテーマは、「精神疾患死後脳研究のニューストラテジー」といたしました。けれども、この頃は、「ブレインバンク」あるいは「脳バンク」という言葉の認知度は、今とは比較にならないほど低いものでしたし、研究に必要とされる死後脳を、リサーチリソースとして集積することに対する財政的支援の必要性を理解している人も、現在ほど多くありませんでした。それでも、基礎医学研究者、精神科医、法律関係者、福島ブレインバンク関係者を中心とし、当事者、家族をも対象としたこのシンポジウムに、海外から2人、国内から9人のシンポジストを招待し、会場は、50名近い参加者による熱心な討議がおこなわれる場となりました。
 このシンポジウムの抄録と概要は、Psychiatry and Clinical Neurosciences (2007)61:S19-23、福島医学雑誌(2007)57:68-73、精神医学(2008)50:465-469 にすでに掲載していますが、本書を発行することにしたのは、発表内容やコメントを新たにまとめて下さった一部のシンポジストの先生方の原稿をまとめて、公開したいと考えたからです。10章は後に編者が加筆したものです。
 最近のNature Neuroscienceでは、神経幹細胞が、海馬や側脳室周辺だけでなく、大脳皮質にも存在するという、日本の研究者による研究結果が掲載されました。この発見は予想されたものであったとはいえ、精神神経疾患の発症、病気の進行や治療における神経幹細胞の役割について、解明を要する新たなテーマが増えたことになります。したがって、精神神経疾患の脳そのものを対象とした研究が、なお一層必要となってきました。
 ヒト由来の組織を研究に用いることについては、組織の提供者や御家族の同意が必要であり、脳組織の場合は、提供者本人による生前登録が行われます。また、本人が亡くなったのちに御家族の承諾によって剖検が行われて脳組織が提供されることもあります。いずれにしても、ヒトの脳組織を研究に使用する場合には、厳正な倫理上の条件を満たす必要があります。
 本邦では、欧米諸国と比較して、精神疾患ブレインバンクの設立とそのネットワーク化が遅れています。しかしながら、時とともに、日本神経病理学会のブレインバンク委員会の活動に引き続き、日本生物学的精神医学会のブレインバンク設立委員会が、日本全国にブレインバンクのネットワークを設立するための活動を、活発に行うようになりました。本書が、この活動と精神疾患脳研究の推進において、微力ながらも一助になればうれしく存じます。
 様々な形で応援して下さった、高橋清久先生(藍野大学学長)、岡崎祐士先生(東京都松沢病院院長)、高橋三郎先生(埼玉江南病院院長)、佐藤啓二先生(メープルクリニック院長)、鈴木満先生(岩手医科大学神経精神医学講座准教授)、大川匡子先生(滋賀医科大学睡眠学講座教授)、西克治先生(同法医学講座教授)、北浜邦夫先生(東京都精神医学総合研究所)、Michel Jouvet先生(フランス科学アカデミー)、明珍明次先生(福島大学名誉教授)、福島県立医科大学神経精神医学講座と関連諸団体の皆様に深謝いたします。

2010年9月10日
編者 池本 桂子

おもな目次▼

はじめに
1. 「エピジェネティクス」と「神経幹細胞」(池本 桂子)
2. 精神神経疾患死後脳研究と献体プログラム(橋本 恵理 他)
3. ブレインバンクの法的・倫理的問題と
   法医学分野におけるヒト死後脳研究(西村 明儒)
4. 気分障害における死後脳研究と遺伝子発現(富田 博秋)
5. 統合失調症死後脳におけるDARPP-32と
   カルシニューリンの免疫組織化学的検討(國井 泰人 他)
6. 質量顕微鏡によるヒト脳の解析に向けて
   :ブレインバンクへの大きな期待(瀬藤 光利 他)
7. テトラヒドロビオプテリンと神経精神疾患(一瀬 宏)
8. 精神神経疾患とモノアミン神経系(池本 桂子)
9. 精神疾患の脳バンクの必要性(加藤 忠史)
10. 精神疾患ブレインバンクの運営と関連諸問題(池本 桂子 他)
11. 福島ブレインバンク シンポジウム参加記の印象(宮川 剛、一瀬 宏)
おわりに