監訳にあたって
本書はMaria T. Schultheis博士, John DeLuca博士, Douglas L. Chute博士の編著によるHandbook for the Assessment of Driving Capacityの日本語訳(邦訳「自動車運転評価の手引き」)である。生活において自動車運転の必要性が高い米国では、もともと何らかの障害や問題を持つドライバー(リスクドライバー)への関心も高かったが、本書でも述べられているように、自動車運転をめぐる医学的側面についての知見はこの10数年で飛躍的に増大している。これらの知見としては、自動車運転にかかわる認知機能、リスクドライバーの運転相談、運転の可否を判定する評価法、運転中断時の本人や家族への対応、運転を継続する場合のリハビリテーション技法の開発といった視点の研究成果が挙げられる。
本書の著者らは米国の臨床研究機関で自動車運転の問題のオピニオンリーダーとして、第一線で活躍している人たちである。一読すればすぐわかるように、本書はリスクドライバーへの対応に関する臨床的、実践的な問題について、あらゆる側面が網羅されている。また、その記述は明快であり、エビデンスに基づく推奨、注意点とともに、現時点での限界についても述べられている。
近年、日本においても、自動車運転に関する臨床的な問題への注目が高まっている。超高齢社会の進展とともに増加する認知症ドライバーへの対応として、2009年から高齢者講習時の講習予備検査(認知機能検査)が義務づけられた。その他、てんかんや睡眠障害、精神・神経疾患、内科疾患、薬物の影響など、臨床的諸問題への対応が問われている。われわれはこれらの問題を学際的に話し合う場として、「運転と認知機能研究会」を開催している。今回、この研究会でも中核的な役割を果たしている3人により、本書の翻訳がなされたことは監訳者にとっても大変に嬉しいことである。佐々木 努、加藤貴志、山田恭平の諸氏は自動車運転の評価を特に専門とする臨床家であり、本書の内容を非常に的確に、かつ平易に訳出している。
自動車運転評価の問題は単純ではない。その究極の目的は、対象者が安全に、そして一方で快適に移動できることであるにしても、運転の継続か中断かを簡単にイエスノーで判断することは難しい。本書でも繰り返し述べられているように、ゴールドスタンダードとされる実車による評価にしても、長い研究の歴史を持つ神経心理学的評価にしても、特に自動車運転の基準となるカットオフポイントや指針のコンセンサスがあるわけではない。個々の事例を前にして、臨床家はケースバイケースで考えていくしかない。そのような折に、本書にちりばめられたさまざまな示唆が役に立つことを願ってやまない。
慶應義塾大学医学部精神神経科
三村 將
監訳にあたって
序文
第Ⅰ部
臨床場面における運転技能評価
第1章 路上運転評価と実車前評価
背景
Ⅰ:包括的自動車運転評価
Ⅱ:運転可否判定
Ⅲ:患者への説明
第2章 運転再開に向けたアプローチと運転支援装置
Ⅰ:運転再開に向けた教育とプログラム
Ⅱ:自動車運転技能向上プログラム
Ⅲ:運転支援装置
Ⅳ:バン車両の利用
結語
第3章 運転相談と介入方法
Ⅰ:法的問題
Ⅱ:医学的状態からみた運転可否
Ⅲ:非個別的アプローチ:一般的な情報源
Ⅳ:個別的アプローチ:自動車運転相談
Ⅴ:実際の相談場面にて何を考慮すべきか?
Ⅵ:運転支援相談の進め方
Ⅶ:評価:運転シミュレーター
Ⅷ:評価:その他に考慮すべき点について
Ⅸ:路上評価結果の運用と家族説明
Ⅹ:介入
結語
第Ⅱ部
運転研究のトピックス
第4章 自動車事故の人的要因
Ⅰ:自動車運転評価の重要性
Ⅱ:人的要因とMVCs
Ⅲ:脳損傷ドライバーの報告に関する州の要件
結語
第5章 自動車運転と頭部外傷
Ⅰ:自動車運転に関わる問題
Ⅱ:医学モデルと"運転技能"モデルは必要であるが,十分ではない
Ⅲ:神経心理学的モデル
Ⅳ:頭部外傷後の運転再開
Ⅴ:運転適性判断
Ⅵ:向精神薬の治療的側面
結語
第6章 自動車運転と認知症
はじめに
Ⅰ:概観
Ⅱ:評価
結語
第7章 自動車運転と脳卒中
Ⅰ:脳卒中と運転
Ⅱ:脳卒中後の運転:視野と視覚的注意
Ⅲ:脳卒中後の運転:認知と知覚技能
Ⅳ:運転行動の定義:路上評価とシミュレーション評価
Ⅴ:運転と脳卒中:他の影響要因
第8章 自動車運転とその他の神経精神疾患
Ⅰ:注意欠陥多動性障害
Ⅱ:多発性硬化症
Ⅲ:てんかん
Ⅳ:精神障害
結語
第9章 自動車運転と疾患と薬物療法
Ⅰ:医学的状況
Ⅱ:薬物療法
まとめと結語
第10章 自動車運転と関連法規
Ⅰ:医学的状況の定義:運転関連法規の側面から
Ⅱ:運転能力評価
Ⅲ:免許交付機関からの通知
Ⅳ:免許交付機関の業務
まとめ
第11章 まとめと今後の方向性
Ⅰ:これまでの教訓
Ⅱ:今後の課題
結語
APPENDIX A 州ごとの適格要件
APPENDIX B 資料
索引