はじめに
てんかんは種々の原因で起こり,人口の約0.6~1%の人が罹患しております。最近では老年人口の増加によるてんかん発症が増えており,小児期よりむしろ高齢発症のてんかんが多くみられます。てんかんは決してまれな病気ではありません。一方で,てんかんの新たな治療や原因を追及する研究が一段と加速しており,成果如何によっては近い将来,根治療法が開発される可能性もあります。新たに4種類の抗てんかん薬が導入され,発作抑制に加えてQOL(生活の質)へも配慮された治療を志向する流れや,社会のてんかんに対する偏見も次第に薄れ,多くのてんかんを持つ方々も健康な人と同様な日常生活を送っています。しかし,いまだ,運転免許などの資格収得の上で不適切な制限が存在することも事実です。また,発作が抑制されていなければ,就労する上で発作自体がハンディキャップとなることも否めませんが,薬に副作用はつきものですし,発作抑制を求めるあまり,多量の薬を服用するようでは副作用により日常生活が快適にはなりません。
これらを念頭に,本書では最近大きく進歩したてんかんの診断,治療に重点を置きつつ,てんかんの予後,結婚の問題,社会生活とてんかんの関わりなどを新たな共著者を加えてできるだけわかりやすく書いてあります。人は病名を告げられると,「どのような病気なのか」,「治るのだろうか」,「どのような治療があるのか」,「今の仕事は続けられるだろうか」,「子どもに遺伝しないだろうか」など,種々の不安を抱きますが,このような疑問にもできるだけ正確に答えようとしております。
そのため,少し専門的な事柄も取り挙げられておりますが,これは一方では,てんかんを持つ人々とその家族だけではなく,ケアに関わる施設の方々,学校関係者,あるいはてんかんの治療を専門としない医師,看護者などの医療関係者にも参考となるように考えたからです。
21世紀は「脳の世紀」といわれております。新たな著者と最近の進歩を加えた本書がてんかんと戦う多くの方々の21世紀へ向けてより一層の支えになることを願っております。
兼子 直
Ⅰ. てんかんとは
1 てんかんの概念
2 てんかんの疫学
3 てんかんの原因
1 特発性と症候性
2 てんかんの遺伝子
3 注目されるてんかんの遺伝子研究成果
Ⅱ. てんかんの診断
1 てんかんの検査
1 脳波検査(electroencephalography:EEG)
2 ビデオ脳波モニタリング(video-EEG monitoring)
3 MRI(magnetic resonance imaging)
4 機能画像検査
5 髄液検査
6 一般生化学検査
7 心理検査
8 遺伝子診断
2 てんかんの鑑別診断
3 てんかんと鑑別すべき重要な疾患
1 熱性けいれん
2 心因性発作(擬似発作)
3 失神
Ⅲ. てんかん発作とてんかん症候群の分類
1 てんかん症候群の国際分類(1989)
1 局所関連性てんかんおよび症候群
2 特発性全般てんかんおよび症候群
3 焦点性か全般性か決定できないてんかんおよび症候群
4 特殊症候群
5 その他のてんかん
2 てんかん発作の国際分類(1981)
1 部分発作
2 全般発作
3 未分類のてんかん発作
3 てんかんの新しい国際分類(案)について
Ⅳ. てんかんの併存障害
1 パーソナリティ障害(性格障害)
2 知的障害と認知機能障害
1 知的障害
2 認知機能障害
3 精神障害
1 挿間性精神病様状態およびてんかん性精神病
2 気分障害
3 不機嫌状態など
4 神経症レベルの障害(心因性精神障害など)
5 抗てんかん薬との関係
6 てんかんに併存する精神症状の全体的な特徴
4 男性患者における性機能障害
5 小児期の併存障害
6 てんかんスペクトラムという視点
Ⅴ. てんかんの発作誘発因子
1 てんかん発作の誘発要因の重要性
2 誘発因子の種類
3 情緒的要因
4 月経と妊娠
5 アルコール
6 睡眠時間
7 発熱
8 糖尿病を持っている場合
Ⅵ. てんかんの治療
1 治療の原則
2 抗てんかん薬の効果を高める要因
1 仮性難治てんかんの除外
3 薬物相互作用
1 抗てんかん薬間の薬物動態学的相互作用
2 抗てんかん薬と他種薬剤との相互作用
4 発作の難治化の要因
1 多剤併用投与の単純化と単剤投与
2 MDR1 gene
5 抗てんかん薬の使い方
6 薬剤選択
1 併用薬の選択
2 現在処方中の薬剤との相互作用を考える
3 抗てんかん薬併用による効果
7 患者のQOLへの配慮
8 てんかん以外の疾患に対し効果を示す抗てんかん薬
9 部分発作に使用可能な抗てんかん薬の特徴
10 これからの抗てんかん薬選択
11 抗てんかん薬のおもな副作用
12 抗てんかん薬の逆説効果(paradoxical effect)
Ⅶ. 抗てんかん薬の作用機序・薬物動態的特徴
1 フェニトイン(PHT)
1 薬物動態的特徴
2 作用機序
2 フェノバルビタール(PB)
1 薬物動態的特徴
2 作用機序
3 プリミドン(PRM)
1 薬物動態的特徴
2 作用機序
4 カルバマゼピン(CBZ)
1 薬物動態的特徴
2 作用機序
5 バルプロ酸(VPA)
1 薬物動態的特徴
2 作用機序
6 ゾニサミド(ZNS)
1 薬物動態的特徴
2 作用機序
7 クロナゼパム(CNZ)
1 薬物動態的特徴
2 作用機序
8 エトサクシミド(ESM)
1 薬物動態的特徴
2 作用機序
9 ガバペンチン(GBP)
1 作用機序
10 トピラマート(TPM)
1 薬物動態的特徴
2 作用機序
11 ラモトリギン(LTG)
1 薬物動態的特徴
2 作用機序
12 レべチラセタム(LEV)
1 薬物動態的特徴
2 作用機序
Ⅷ. 特殊な状態の治療
1 てんかん重積状態
1 てんかん重積の種類
2 てんかん重積の治療
2 精神症状
1 精神症状の原因の確認
2 精神症状の薬物療法
3 難治てんかん
1 仮性難治てんかん
2 真性難治てんかんの治療
4 てんかんに合併する気分・不安障害の認知行動療法
1 認知行動療法とは?
2 認知再構成法とは?
3 症例呈示
Ⅸ. てんかんの外科治療
1 術前検査と手術適応の判断
2 てんかんの外科治療
1 発作の消失を目標にした治療
2 発作症状の緩和を目的にした治療
3 てんかん外科の種類と術式
1 側頭葉前半部切除および扁桃体海馬切除術
(anterior temporal lobectomy with amygdalophippocampectomy)
2 選択的扁桃体海馬切除術(selective amygdalohippocampectomy)
3 病巣切除術(lesionectomy)
4 軟膜下多切術(multiple subpial transection)
5 半球離断術(hemispherotomy)
6 脳梁離断術(corpus callosotomy)
7 迷走神経刺激療法(vagus nerve stimulation)
8 頭蓋内電極留置術
Ⅹ. 抗てんかん薬治療の終結
1 てんかんの診断を確実にすること
2 その他の臨床因子
1 病因・神経学的異常・知的障害
2 発作の頻度(回数)・発作抑制に要した期間
3 発作消失期間
4 発病年齢
5 脳波所見
3 社会的因子
4 発作の再発
5 治療中止の手順
Ⅺ.てんかん病像の変化と長期予後
1 成人てんかんにおける加齢と発作の推移
2 てんかんの自然経過と治療予後
1 てんかんの自然経過
2 てんかん治療予後
3 てんかん類型と予後
4 予後に影響を与える要因
Ⅻ.てんかん患者の妊娠,出産
1 妊娠中のてんかん発作頻度変化,その原因と対策
1 妊娠中のてんかん発作頻度
2 妊娠中の発作頻度変化の要因
3 発作の妊娠に及ぼす影響
4 妊娠中のてんかんの治療
2 抗てんかん薬の催奇性
1 てんかん女性の児に認められる奇形頻度
2 奇形の種類
3 抗てんかん薬と奇形発現頻度
4 奇形発現機序
3 抗てんかん薬の母乳内移行を介した曝露による児への影響
4 てんかんと遺伝
5 妊娠可能てんかん女性の治療
ⅩⅢ.てんかんと社会生活
1 学校生活とスポーツ
2 重複障害を持つ患者の介護と治療方針
1 重複障害を持った場合の治療方針
3 成人患者への対応―自動車運転免許,就職,結婚
1 自動車運転免許
2 就職
3 結婚・出産・育児の問題
4 医療・生活面での社会福祉制度とその活用
1 てんかんと医療・保健・福祉に関する補助制度
2 精神障害者保健福祉手帳
3 てんかんと障害年金
4 てんかん包括医療の実現に向けて
付録1 こんなときどうしたらよいでしょうか
付録2 おもな抗てんかん薬
付録3 新たに発売された抗てんかん薬
付録4 良性家族性新生児けいれんで見出されたK+チャネルの変異とその部位
索引