身体の平衡にかかわる諸器官の加齢性変化から、検査法・対処法までを解説。さらに著者提唱の疾患概念「加齢性平衡障害」も紹介。高齢者ケアに携わる方におすすめの書。
序
ギリシア神話に、次のようなスピンクス(スフィンクス)の話がある。
「それ(スピンクス)が岩の頂上にうずくまっていて、通りがかりの旅人たちをみんなさし止め、一つの謎をかけて、その謎の解けた者は無事に通すが、解けない者は殺される、という約束をさせるのでありました。(中略)スピンクスは彼(オイディプス)に尋ねました。『朝には四足、昼には二足、夕には三足となって歩行する物は何だ。』オイディプスは、答えました。『それは人間だ。人間は子供の時は両手と両膝ではって歩く。壮年にはまっすぐに立って歩く。老年には一本の杖の助けを借りて歩く。』スピンクスは自分の謎の解かれたのを不面目に思い、岩から身を投げて死にました。」(ブルフィンチ 作、野上弥生子 訳、ギリシア・ローマ神話、岩波文庫、1978)
この謎は、スピンクスが、人間の一生を一日になぞらえてその姿勢の変化を述べたものであり、人間の姿勢・身体平衡の発達とその衰えを端的に表現したものである。人間に限らず、あらゆる動物のあらゆる器官は、加齢に伴う変化、すなわち老化から逃れることはできない。しかし、一方で、人間が不老不死を願う気持ちも古来より強い。古代中国における統一帝国である秦の始皇帝が不老不死の仙薬を求めて、方士の徐福に探索を命じたこともよく知られている。
抗加齢医学は、この加齢のプロセスに何らかの形で介入し、加齢現象の進行をより緩徐なものにしようとする試みといえる。いいかえれば、健やかに齢を重ねるための方策を提供するものといえるであろう。本書は、身体の平衡にかかわる諸器官の加齢性変化、その検査法や対処法についてまとめたものである。そのなかで、加齢による平衡障害、すなわち、「加齢性平衡障害(presbystasis)」という概念についても紹介した。高齢者の平衡障害は転倒、骨折などにも直結する可能性が高く、超高齢化社会の到来を前に介護予防の観点からも、その対策は喫緊の重要な課題である。平衡障害に関する抗加齢医学はまだまだ今後発展する可能性の高い分野であると思われる。より多くの方に、この分野に興味をもっていただくために、本書がいささかでもお役にたてれば望外のよろこびである。
2013年4月
文京区根津にて
室伏利久
第1章 加齢(老化)という現象――イントロダクションに代えて
第2章 身体の平衡の維持機構
1.前庭系
★コラム1 球形嚢と聴覚
2.体性感覚系
3.視覚系と眼球運動
4.中枢神経系
5.運動器系
第3章 めまい・平衡障害の診断に必要な診察・検査法
1.問診
2.平衡機能検査
★コラム2 ENGとVOG
★コラム3 重心動揺計
3.聴覚検査
4.画像検査
★コラム4 椎骨脳底動脈系
5.その他の検査
6.プライマリケアとしてどこまで診るか
第4章 身体の平衡の維持にかかわる部位の老化とその影響
1.前庭系
2.体性感覚系
3.視覚系と眼球運動
4.中枢神経系
5.運動器系
第5章 高齢者のめまい・平衡障害――加齢性平衡障害も含めて
1.高齢者のめまい・平衡障害総論
2.末梢前庭性障害
3.体性感覚系障害
4.中枢神経系障害
5.運動器疾患
6.薬剤による平衡障害
7.加齢性平衡障害という概念と対応
おわりに
文献
索引