治療に対する同意を得るとき、果たして患者は十分な同意能力を保持しているだろうか?
同意能力の見方、判定後の支援のポイントまでコンパクトにまとめられた1冊、必携です!
監訳にあたって
本書はScott Kim博士による“Evaluation of Capacity to Consent to Treatment and Research”の日本語訳(邦題「医療従事者のための同意能力評価の進め方・考え方」)である。個人主義をベースに自己決定を重視する欧米では,インフォームド・コンセントの普及と並行して患者の自己決定の尊重と権利擁護のために,同意能力評価の手法やその教育法についての実践と研究がおこなわれてきた。本書はこれらの研究をもとに執筆され,現場で同意能力評価に携わる臨床家に役立つ実践的な内容となっている。
著者であるKim博士はこの分野の第一人者であり,前半では同意能力評価の法的位置づけから始まり,同意能力の4能力モデルを中心とした理論とその基盤となる研究がわかりやすく解説されている。後半は応用編として,評価前の準備から評価時の工夫,評価結果のフィードバック方法などについて,評価者が陥りがちな誤りにも目配りしながら実践的な評価法について書かれている。
我が国においては,治療や研究参加にあたって本人に同意能力があるかどうかがはっきりしない場合には家族から同意を得ることが一般的で,十分に同意能力を吟味する機会は少なかった。しかしながら,平成26年1月の国連障害者権利条約の批准により,これまで以上に本人の自律的な意思決定の支援に取り組む必要性が改めて認識されるようになった。臨床の現場においても,急速な高齢化と核家族化により単独で医療機関を受診する高齢者が増え,自ずと患者の同意能力評価が必要になる機会が多くなってきた。かかりつけ医や救急担当医など一般身体科医の間でも同意能力評価についての関心が高まっている。研究参加についても,高齢者を対象とする臨床治験が増える中で,同意能力についての第三者評価の必要性が倫理委員会で指摘されるようになるなど,今後ますます同意能力評価が重要になってくると考えられる。
このような我が国の状況の中で,先行して制度や評価法が確立されている海外の知見がコンパクトにまとめられた本書は,これから自分自身で同意能力評価を実践しようとする臨床家や,非専門医やコメディカルスタッフに同意能力評価法を教育する立場にある専門家にとって,最適なガイドとして役に立つものと確信している。翻訳は,JST/RISTEXの「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」研究領域の「認知症高齢者の医療選択をサポートするシステムの開発」プロジェクトの一環として行われ,メンバーが分担して翻訳にあたった。同意能力評価は患者本人の主体的な意思決定を支援するための第一歩である。低下している能力と,保たれている能力を明らかにすることで,説明を工夫して理解を助けたり,本人の理解や意思表示が不十分な場合は,関係者や事前指示からの情報によって本人の意思を推測したりすることにより,本人らしい選択を支援することにつなげることができる。本プロジェクトの他の取り組みとともに,本書がこれからますます増加してくる我が国の高齢者や,障害を持つ方の自律的な医療選択の促進につながることを願っている。
2015年7月
京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学 成本 迅
慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室 三村 將