錯語とジャルゴン

 一般社団法人日本高次脳機能障害学会 教育・研修委員会:編

2018年発行 A5判 204頁
定価(本体価格3,900円+税)
9784880028699

内容の説明

 失語症候学における花形ともいえる「錯語とジャルゴン」。その発話異常の症候は多彩であり,病態機序解明への興味は尽きない!
 失語症研究の歴史的展開からひも解き,それぞれの臨床型や評価と治療について詳細に解説した。これからの失語症研究にとり,探求の指標となる一冊である。

はじめに

 本書は2016年11月に松本で開催された第40回日本高次脳機能障害学会学術総会サテライト・セミナーでの講演を核として,いくつかの項目を加えた「錯語とジャルゴン」についてのモノグラフである.教科書としても研究の指針としても使えるような,コンパクトで分かりやすくかつ高度な内容を目指したが,執筆陣の奮闘により,その目的をかなりの程度には達成できたのではないかと考えている.ここでは,編集を担当したものとして,各執筆者の原稿について,簡単にコメントさせていただく.
 種村氏は失語症研究の歴史の中で,錯語とジャルゴンがどのような位置を占めてきたのかを解説された.特に錯語研究については,古典論的な展開の中でも,認知神経心理学的アプローチの中でも,中核的位置を占めていることが浮き彫りにされている.大槻氏はいつもながらの明快さで錯語の分類やその神経学的基盤や機序について解説された.大槻氏の解説が歯切れよく説得力があるのは,既に定説となっている事項,まだ分からない事項,自身の見解などを明瞭に区別して記載されているからであろう.水田氏は音韻性錯語や形式性錯語の枠を超えて音韻符号化の過程そのものをとりあげ,その中で起こり得る異常について幅広く述べられた.いつもながらの意欲的な論考であるが,その中には氏自身が?マークをつけられていることからも分かるように定説とはなっていない水田氏独自の仮説も多く,その是非は今後の検証に委ねられる.中村氏は意味ネットワークや語彙の構造についての深い造詣をもとに,意味性錯語についてその成り立ちや位置づけについて明解に解説された.意味性ジャルゴンは意味性錯語ではなく無関連錯語が多いからこそジャルゴンになることにも注意を喚起されている.奥平氏はこれまでも地道に蓄積されてきた失語症者の呼称分析の自身のデータを交えて,新造語の発現機序についての諸説を解説され,新造語ジャルゴンの多様性についても言及された.新造語・新造語ジャルゴンについての現時点における最も優れた総説であろうと思われる.船山氏は統合失調症と自閉症スペクトラム障害でみられる独特の錯語様発話について,多くの実例を提示しつつその機序を分析された.氏がいうように失語とは異なる機序とはいえ,異常な言語表現であることに間違いはなく,言語症状というものの多様さに改めて驚かされるとともに,失語の研究にも新しい視点を提供する可能性さえ感じさせる.宮崎氏は錯語とジャルゴン全般について観察法や評価法について解説された.氏はこれまでも錯語や保続についての多くの業績があり,提示された分析法は,これからこの方面を探求しようとする若き研究者にとって有用な指標となるであろう.中川氏は新造語ジャルゴンを呈した1症例の訓練課程を,病態機序を考察しながら丁寧に解説された.臨床的に最も遭遇する機会が多く,しかも訓練に困難を伴うことが多い新造語ジャルゴンについての訓練経過は,1症例といえども読者の参考になる点が多いと思われる.
 失語症候学において単語レベルの論考はこれまでも多くの仮説や検討が積み重ねられており,コンピュータによるシミュレーションもされているが,文レベル,あるいは談話レベルの異常ともいえるジャルゴンについては,先人の多くの優れた業績があるとはいえ,基本的には症候を記載し整理するレベルにとどまり,明解な病態機序にたどり着いてはいない.筆者はジャルゴンの分類と病態機序についてささやかな論考をさせていただいたが,決して明解な解説ができたという自信はなく,諸賢の忌憚なきご批判を賜れれば幸いである.
 失語症における発話異常の症候ほど,多彩で興味の尽きないものはない.その中で錯語とジャルゴンはまさに花形ともいえる症候であると思われる.本書を読んでいただければ分かるように,いまだに解決されていないことのほうが多く,若き研究者がこの分野にどんどん参入されてくることを期待したい.本書がその際における一助となれば,編者の喜びはこれにすぐるものはない.
 失語関係の書物では,初学者向けのマニュアル本は売れても,少し高度な内容になると必ずしも売れ行きが芳しいわけではない.そうした事情を知っているので編者としては出版計画を躊躇する中,力強い後押しをいただいた新興医学出版社の林峰子社長と岡崎真子氏,遅々として進まぬ原稿を粘り強く対応し編集で最後までお世話になった中方欣美氏,また,セミナーの企画から本書の編集まで陣頭に立って指揮をとっていただいただけでなく,歴史的展望の一章をもご執筆いただいた種村純先生に心から深謝する次第である.

(清山会医療福祉グループ顧問,いずみの杜診療所  松田 実)

おもな目次

第Ⅰ章 錯語・ジャルゴンとは?
1. 錯語およびジャルゴン概念の歴史的展開  (種村  純)
2. 錯語の分類と神経基盤 (大槻 美佳)
3. ジャルゴンの分類 (松田  実)
4. ジャルゴンの病態機序 (松田  実)

第Ⅱ章 錯語・ジャルゴンの臨床型
1. 音韻性錯語/形式性錯語 (水田 秀子)
2. 意味性錯語/意味性ジャルゴン (中村  光,津田 哲也)
3. 新造語/新造語ジャルゴン (奥平奈保子)
4. 精神疾患における錯語様発話 (船山 道隆)

第Ⅲ章 錯語・ジャルゴンの評価と治療
1. 錯語とジャルゴンの評価 (宮崎 泰広)
2. 錯語とジャルゴンを呈する失語症例への訓練介入 (中川 良尚)